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「富が貧で、貧が富」

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「な! なんじゃい……ここは……おいらは夢でも見とるんかい!?」

 ――ここは太平の世。とある小国の小さな村に又吉と言う男が居た。特に何の取り柄も無い、只の百姓だ。ボロ小屋に、今年五十歳になる病の母親と二人で暮していた。
 この時代、太平の世とは良く言ったもので、贅沢が出来、快適な生活を許されたのは、極限られた部類の者達だけだった。それ以外の者たちは、暮らし難く、喘ぎながら毎日を何とか食い繋いでいる。これが現実だった。
 又吉も例外ではなく、毎年毎年、年貢をお上に納める為に、田を耕し、あくせく働いた。 
 しかし、暮らしは全く楽にはならず、母親に飲ませる薬すら、買う事が出来ない状況だった。
 そんな中で唯一の救いは、村の衆が良くしてくれる事だった。皆、持ちつ持たれつで、家族の様に協力しながら暮らしていた。
 隣の源三は最近祝言を挙げたし、村長の竹蔵爺さんは溺愛している孫に、口が臭いと言われて少し元気がない。この様に、村に住む者達の事はお互いに知り尽くしていた。
 こんな村の繋がりは、又吉自身、とても好きだった。
 だが、又吉は満足出来ていなかった。そう、又吉は金が欲しかった。豊かになりたかった。母親に薬を買えるだけの、それだけの金が、豊かさが欲しかった。
 しかし、それは叶わぬまま、ある晩、又吉の母親は息を引き取ってしまった。
 葬儀を終え、片手に徳利を持ち、又吉は独り近くの土手へ向かった。
「すまんのぉ……おっかぁ……」
 夜空を見上げ一人泣いた。そして、徳利を一気に傾け、酒を喉に流し込む。その晩の夜空は、やけに澄み渡り、星が綺麗に瞬いている様に感じた。
 母を亡くし、元気の無い又吉に、村の衆は良くしてくれた。毎日、代わる代わる誰かが家を訪ねてくれ、励ましてくれた。
「おう、又吉。少しは元気出たかいの?」
 こんな一言が、皆の気遣いが、堪らなく嬉しかった。
「本当に有難うなぁ」
 又吉は、訪ねて来る皆に涙を流しながら感謝の言葉を伝え続けた。

 母親が亡くなってから、三月程が過ぎたある日、元気を取り戻しつつあった又吉は、山菜を採りに山に入った。
 ――こんなに遅くなるはずでは無かった。
 夢中で採っていると、思いのほか時間が掛かっていたのだ。
 周りは暗く静まり返り、昼間登って来たそれとは、似て非なるものであった。表情を豹変させた山道を、又吉は記憶頼りに下った。 
 少し歩いたその時である。又吉は足を踏み外し、茂みの中に滑り落ちてしまった。
「うわ!」
 勢いよく転がり落ちる又吉。小さな枝が体中に刺さり痛い。落ちる勢いは増し、止まる気配は無い。又吉が死をも覚悟したその時、何かに勢いよくぶつかった。
 鈍い音がして、又吉は何とか止まった。
 ぶつかったのは裏山にある神社のご神木だった。
「……」
 又吉は、ピクりとも動かない。
 
 気を失い、全く動かないまま朝を迎えた。
 眩しい太陽の光が目を射し、又吉は正気を取り戻した。何とか、生きている事は確認出来た。しかし、体中が痛い。
「あいたたた……」
 ご神木に打ち付けた為、酷く痛い頭を抱えながら立ち上がると、周りを見回した。
「裏山の、神さん所だったんかい。助かったわい」
 家からも近い神社だった為、又吉は帰ろうと、境内を抜け鳥居の下へ向かった。そしてそのまま階段を下る。
 
 その又吉の目前を、耳に手を当て、一人ぶつぶつと呟く、奇妙な服装の男が通り過ぎる。
「はい。はい。申し訳ありません。早急に御伺い致します」
 男は誰に向かってか、頭を何度も下げ、謝りながら歩いている。一人ぶつぶつと。
 又吉の目前には、見た事も無い恰好で歩く、大勢の人間が行き交っていた。建物も、道を走るモノも、全く見た事の無い物だった。
 それを目の当たりにした又吉は、自分の置かれている状況が、全く理解出来ず、恐怖すら感じた。
 声を震わせながら、
「な! なんじゃい……ここは……おいらは夢でも見とるんかい!?」
 と又吉は呟き、しゃがみ込んでしまった。
 すると、男が又吉の方へ歩み寄って来た。
 驚きで動けずに居る又吉に、男は
「おお。あんた新入りかい?」
 と言いながら横にしゃがみ込む。男は白いあご髭を伸ばし、又吉に勝るとも劣らない格好だった。いわゆる、ホームレスである。
「尋ねるが、ここは何処や?」
 又吉は、男の顔も見ずに尋ねた。
「何処って、花の都大東京じゃないかい」
 男は答える。
「だいとうきょう? 江戸は? 村は? 何で皆あんな変な格好しとるんや?」
 又吉は混乱し、男の襟首にしがみ付き問い質す。
「変な格好って。この時代なら、当たり前の格好じゃないか。あんたこそ、時代劇の農民みたいな格好で、その方が変だぞ」
 質問に対し、少し苛立ちながら男は答えた。
「それに、大東京じゃなくて、東京な、東京。国の中心を知らんとは。さっきから変な事ばかり言ってるし、頭でも打ったか?」
 男は呆れた様子で答える。
「頭は、思いっきり打ったわい」
 又吉は、打った場所を押さえながら言う。
「あんたここら辺りじゃ見ん顔だが、何処から来た?」
 男は、ポケットからカップ酒を取り出し、飲みながら問う。
「分からん……」
 又吉は昨日の事を思い出そうと、考えながら答える。
「可哀想に、頭打って記憶が混乱しとるんだろう」
 哀れんだ様子でこう言うと、更に続けた。
「あんた、この街を見てどう思う?」
「どう思うも何も、見た事ない物ばっかりじゃい。じゃが、おいらの村とはケタ違いじゃ。凄いのぉ。豊かな感じがするわい」
 ビルの最上階を見つめ、少し興奮しながら答える。
「そうか。そう感じるか。皆この街に夢を思い描き、この街を目指して、あちらこちらから集まって来る。あんたも……その夢の果てと言った感じだろうな。恐らく」
 つまみの竹輪に、かぶりつきながら男は言う。
「しかし、空が狭いのぉ」
 又吉が、空を見上げながら言う。
「文明が進化した結果だよ」
 男も空を見上げながら答え、続けた。
「しかし、どんなに文明が栄えても、裕福になるのはほんの一部の人間だ」
「俺達だけじゃない。家がある連中だって、一生あくせく働き、そして死んで行くだけなんだよ」
「おいらと同じだな」
 又吉は、相変わらず空を見上げたまま、ぼそっと言う。
「大半がそうさ」
 男は酒を飲み干し、言う。
「最近じゃ独り暮らしの年寄りが、食い物買えずに、死んでたらしい……悲しい話だよ」
「なに? この“とうきょう”っちゅう村は貧しいのか? 同じ村の衆は気に掛けてくれんのかい? 食いもん分けてやらんのかい?」
 そう問いかける又吉の前で、コンビニの店員が、賞味期限切れの弁当を、大量に捨てていた。
「おいらも、年貢を納める為、あくせく働いとる。しかし、生活は全く楽にはならん」
 又吉は、また座り込むと男の方を見て、ため息交じりに呟く。
「年貢か……本物みたいな事言うのぉお前。まあ、考えてみれば今も同じだな。働き、税金払い、それを無駄に使われる。何だか進歩して無い感じだな、人間ってのは」
 二本目の酒を開けながら、男は鼻で笑う様に言うと、更に付け足す。
「俺もこうなるまでは、キチンと税金払ってたからな。そこ勘違いするなよ」
作品名:「富が貧で、貧が富」 作家名:syo