ある詩人による光の世界と星々の戦争の話
するとどうでしょう。なんと、星空のかなたから一台の機関車が飛んで来たのです。こちらに近付いて来るにつれて分かったのですが、それは子供の時、どうしても欲しかった玩具屋のショーウインドウにかざられていた、実物大の機関車模型でした。キラキラとかがやく星くずをふき出しながら、まばゆいヘッドライトを灯してやって来ました。
機関車がプラットホームに停車いたしますと、車しょうの姿をしたうさぎが降り立って、「さぁご乗車下さい」とぴょんぴょんはねながら言いました。
「あなたは理解していらっしゃらないかもしれませんが、となりのおじょうさんがこの世へ帰ってきたのは、十三年も前にこの機関車の特等席を予約して〝キャンセル〟ができなかったからですよ」と私にウインクし、「そして、これからこの機関車で向かう場所へは、子供の姿でしか行くことができないのです」とほほえみました。
私達は笑い、ワクワクしながら乗車して、ごうかなそうしょくがほどこされた特等席に座りました。いすや壁などを叩いてみると、やはりもけいのようでした。
乗客は様々な生き物でいっぱいでした。カエルやフナやテナガザルやライオンやアザラシが子供の姿で座っていました。木々や花々も座っていました。
「それでは出発いたします」
と先ほどのうさぎがいせい良く声を上げて、機関車は発車いたしました。私達の向かいの席には孤児院の庭に生えていたもみの木にマリアが、「この機関車は何を燃料にして浮かんで走っているの?」と質問しますと、
「死んだ星の化石で浮かんで走っているのさ」と答えました。幼いもみの木には少し天井が低いらしいようでした。そして、もみの木は、あの時森に落ちたおじいさんは本当はサンタクロースさんで、これから彼の住んでいる世界へ向かうのだと教えてくれました。そこはその者の持っている空想力によって夢のように様々に変化するというのです。 うさぎの車しょうさんに切符を切ってもらい、夜空を駆けていく機関車の窓から見下ろしてみますと、私達の育った街の灯りがさんぜんとかがやき、そしてはるかかなたの山の向こうの街は赤い炎に包まれていました。きっと戦争の炎に違いありません。私とマリアは、昔別れる時に約束し合った戦争を止めさせることをあのおじいさん(サンタクロースさん)に頼もうと決めたのです。
満月に近付いて行くにつれて、満月は満月ではなく、丸い光の穴だということが分かりました。まぶしい光が車窓から入ってきて、しばらくして目を開けてみますと、そこはさんさんと太陽がかがやく美しい緑が広がる世界でした。
終着駅に着くと皆待ちきれない、といった様子でこぞって機関車から飛び出しました。私達も夢中で駆け下り、サンタクロースさんの家へ行くことにしました。車しょうのうさぎに聞くと、サンタクロースさんはこの世界の最果てに住んでいるということでした。その途中、私達はゆう大な大自然の遊園地で遊んだり、絶めつしたといわれている動物ばかりいるほご地区を回ったり、食べたこともないようなおいしいお菓子や食べ物でできた森や山や湖や海でお腹をいっぱいにして、心まで童心に返ったようにはしゃいでいました。ここにやって来た生き物達に聞いた話によると、この世界では時間の流れる速さが違うらしいのです。ちょうど私達の世界の三日分がこの世界の一日分に等しいのです。あっという間に陽が沈み、夜になると満天の夜空が現れて、とつぜんむすうの星々がちょこまかと動き出しました。そして流星群が地上に何度も落ちてきてばく発しました。
わたしとマリアはまるで元の世界の戦争のように見えておそろしくなり、海水が地上のふちから流れ落ちている岬の果てにぽつんと立ったある一けん家を見つけ逃げるように駆け出して行くと、流星群の一つが先の雪原の丘に落ちました。おそるおそる近寄ってみると、星型の小さな星の子供が姿を現したり消したりしてゆっくり点めつして気を失っていました。体中傷だらけでした。
急いで星の子をマリアとサンタクロースさんの家まで運んで、玄関のドアをノックしました。しばらくすると、「そんなにあわてて何事かね?」というあの時のお爺さんの声がしました。ドアが開かれるとそれは正真正めいのサンタクロースさんでした。サンタクロースさんは私達の姿を見るやいなや、表情を変えて、「すぐにこっちの部屋に運んで来なさい!!」と言いました。私達はサンタクロースさんの言う通りにして、星の子をベッドに運びました。
星の子の体は激しくとう明に点めつしています。私達は昔サンタクロースさんをかんびょうした時と同じように、星の子をけん命にかんびょうしました。星の子は熱があり、ヒュー、ヒュー、ハー、ハー、と荒い呼吸をし、お父さん、お母さんとうなされていました。
星の子をかんびょうして疲れて眠って起きた時には朝になっていて、星の子の体は半とう明になっていました。なんとか危機は脱したようでした。
昼頃、やっと星の子がいしきを取り戻しますと、「…ここはどこ?」と辺りをキョロキョロして見回すので、マリアは、「サンタクロースさんの家よ」と答えました。星の子はとつぜんはっとして、ベッドから出ようとしましたが、まだ傷がいえていないせいで、顔をしかめました。私達二人は、どうして空から落ちてきたのか理由を聞きました。すると星の子は、戦争で両親と逃げる途中、戦火にまきこまれて両親とは離れ離れになって、地上に落ちてきたということでした。命かながら逃げてきて生きのびたのです。「星雲は星達が戦争をしている様子だよ」と星の子は言いました。そして流れ星というのは、争い事に負けて死んでいく星だと聞きました。私達は空を見上げました。夜になると星達は戦争を始めるというのです。さらに、私達の世界で戦争が起こっているのは星達が戦争を行っているからだと言いました。星は人の心そのものだというのです。星の子は自分は私の心だと言いました。私はびっくりして、星の子の顔をまじまじとながめました。
「そしたら、私の星もここにいるのね?」とマリアがたずねると、星の子はうつむき、
「僕の恋人は、星の将軍の手下に捕らえられた」と言うのです。最近は私達の世界から非難しに移住してくる生き物達が多いのだとも知らされました。
星の子はもう一眠りすると動けるまでに回復し、私達三人のいる居間へとやって来ました。彼は私達にお礼を言い、ソファーに座り話に加わりました。
「…で、どうやって一晩のうちに世界中の子供達にクリスマスプレゼントを配るの?」とマリアはサンタクロースさんに質問しますと、どうやらサンタクロースさんは地球の自転の二倍の速さで世界中を回り、一軒も間違わずに太陽の陰に隠れてプレゼントを届けて行き、太陽が昇る頃、ようやく全てのプレゼントを届け終わるのだそうです。
「毎年新しい子供が生まれるから、その子達の名前と欲しいものを覚えるのが大変でね。それで一年なんてあっという間さ」
とサンタクロースさんは頭を掻きながら笑いました。しかし、
「このまま星の争いが続くと、星達が君達の世界へ侵入しないようにクリスマス・イヴの夜に月のふたをしなければならないようになり、そうなるとプレゼントを配ることができない」
作品名:ある詩人による光の世界と星々の戦争の話 作家名:丸山雅史