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文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース

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【八月】



?君?は今をときめくミュージシャンで、僕は地方の国立大学の大学院生。
君は僕より十歳年上で、住まいは東京、僕は北海道で暮らしている。君には奥
さんと、生まれたばかりの小さな女の子がいる。

僕は君の大ファンだ。僕は次々とヒット曲を制作している君を、?魔法使い
?だと思っている。もう幾つ君の作った音楽から得たインスピレーションやイ
マジネーションで小説や詩を書いただろうか。

「音楽と文学は表裏一体の関係にある」

というのが君のロックバンドの公式サイトのブログでの口癖だけれども、僕も
末当にその通りだと思う。君のバンドは売れていて、僕はよくその公式サイト
に書き込みをする。書き込みには会員登録が必要であり、基末的な情報からメ
ールアドレスに至るまでを詳細に登録をしなければならない。



君と僕との付き.いは僕が君の存在を知った直後に始まった。一ヶ月に一度、
僕はまるでオープンしたばかりのような清潔感が溢れる、ある広い書店の文芸
誌コーナーで片っ端から末を読み漁る。書店は既に閉店してるが、文芸誌コー
ナーの上の天井にだけ電灯が点いている。しかしどうやってこの店内に忍び込
んできたのかいつも記憶が無い。

暫くすると、いつものように君が足音を立てて此方にやって来る。君は僕よ
りも背が低く、童顔で、遠くから見ると子供のようだ。外見はまるで年下のよ
うだが、僕は君に兄に対するような親近感を持っている。当たり前だけれど僕
達以外に客どころか人っ子は一人として居ない。君は僕に、君にそぐわない煙
草を吹かせて違和感を抱かせる。君は文芸誌コーナーの所まで来ると、煙草を
携帯用灰皿の中に入れ、笑顔で僕の顔を見た。

「さて、今回はどの小説の討論をしようか」

君は床に文芸誌を並べ、胡座を掻き、腕を組む。

「時間の続く限り何作品でも!!」

僕は頬を紅潮させ、君から一番近い文芸誌を指さし、僕達は掲載された小説
の討論をし.う。







【九月】




君は一ヶ月に一度の二人だけの討論会の為に、この書店で発売されている全
ての文芸誌の作品に目を通し、僕の意見に何でも答えられるようにしている。
どうやら、東京と北海道では文芸誌の発売日に二、三日のずれがあるので、そ
の間に全ての文芸誌に目を通しているらしい。まるでTVカメラでも回ってい
る中でのような真剣な討論は、僕の心の花弁を開かせ、耳を真っ赤にさせて、
過ぎゆく時間の流れが具現化されて見えているような錯覚に陥らせる。スポッ
トを当てられたような一カ所だけ電灯が点いている白い棚の文芸誌コーナーは、
僕にとって天国のような場所だ。周りの白い棚がそう思わせるのかもしれない。
君は絶え間なく、煙草の煙を燻らせていて、僕とはまるっきり違う意見を述べ、
それは違うよと正そうとしているように感じるのだが、僕はそれを自分の意見
と同じ方向へ軌道修正させ、「自分」には多.なりとも文才があるという意地
をかけて、と自らに暗示をかけるように君よりも優位な立場に立とうとしてい
る。そんな時君は、全てを悟っているかのようにただ黙って頷いていた。



やがて外が蒼く明るくなり始めると、結局いつものように中途半端に討論は
中断される。

「もう帰らなきゃ」

君は最後の一服をして、硝子ドアの鍵を回し、此方を向いてだらしなく右手
を上げ、冷たそうな蒼い光が降り注ぐ外へ出て行く。僕にはいつもその光景が
名残惜しく、床に並べられた文芸誌に、心が細かい破片の様に欠けていくのを
感じる。そして其れ等を元の棚に戻すと、無人のカウンターに一礼し、君と同
じ場所から出て行く。







【十月】



僕は大学院で最近まで、現代文学についての研究をしていたのだが、次第に
現代文学の創作について興味が湧いてきたのだった。君と会うようになってか
ら、僕は文芸誌に載っている作品を参考に、見様見真似で、小説や詩を書いて
いた。

一ヶ月後、また深夜の書店で、自分の創った作品を持ってドキドキしながら
待っていた。やがて君が来ると、君は.し疲れた顔をして、いつものようにだ
らしなく片手を上げた。僕は作品を胸に押さえ付けながら、君に声をかけた。

「やあ」

「…久し振り」


君は元気のない口調で挨拶をした。

「元気が無いようだけど、大丈夫?」

「最近、今度出す新作アルバムの曲作りに行き詰まっていて、…特に歌詞にね。
どうしても書けないのが幾つかあるんだ。それですごく悩んでいる」

君はそう言って、電灯の光の下、煙草に火を付けた。

「どうしても書けないのなら、それらを今回のアルバムから外して、いつか書
ける時が来たら、時間をかけてじっくりゆっくりと書けば良いんじゃないか
な?」

僕は素人じみたアドバイスをした。

「今回のアルバムの頭にどうしても入れたいものも入っているんだ。あれが無
いと、せっかくのアルバムの世界観を、台無しにしてしまうぐらい重厚なもの
なんだ。だから、あれは絶対に外せない」

今の地位にまで登り詰めた彼には、独自の哲学があって、それを僕は、時々
理解できないことがあった。成功者の哲学には、受け入れられるものと受け入
れられないものがあるということを悟った。それなら、僕が歌詞を付けてあげ
ようか、と一瞬思ったが、何の実績のない素人の僕が、一流ミュージシャンの
君の曲に歌詞など乗せられるはずがないと、特にアルバムの一番目の曲ならな
おさら、全体のバランスを殺してしまうだろうと思い直し、僕は言葉を飲み込
み、長い沈黙が流れ続けていた。

「…そんなことより、今日は一ヶ月に一度の討論会なんだし、さっそく始める
としようか!!」

君は無理に笑顔を作って、文芸誌を床に並べ始めた。その様子をぼんやりと
眺めていた僕の右手に、プリント用紙の束がぶら下がっているのを見つけた君
は、僕の顔を覗き込む様にして訊ねた。

「そいつは何だい?」

僕ははっ、と思い出したように顔を赤くし、無意識に、後ろに隠した。

「…い、いや、何でもないよ…」

僕は君からの追及から言い逃れようとした。

「もしかして自作の作品かい? 僕に見せてくれる為に持ってきてくれたの?
ぜひとも見せてくれよ」

君は立ち上がって素の笑顔で近付いてきたので、ほっと安心したが、羞恥心
の方が大きかったので、僕は両手を後ろに回し、後ずさりしながら、言葉にな
らない言葉を発していた。

「何だい、そんな恥ずかしがることないじゃないか。僕は君の作品を貶すこと
なんて決してしないし、寧ろ新たに創作という同じ土俵に立とうとしている君
に仲間意識を持つけどな」


君は末当に性格の良い人間だった。

「最初は誰もが自分の作品を他人に見せるのが恥ずかしくてたまらないものさ。
でも、それが、どうしても他の人達に提示したい、と思えるようになれば、創
作意欲も技術もアップし、絶対の自信に繋がるんだ。僕だってそういうものだ