珈琲日和 その6
「そりゃあー 疲れてんだろーや。つい最近まであのバカ雑誌のせいで、バカの客が溢れかえってたんだからなぁ。俺もな、一回来た時にゃあまりの人口密度の高さにおっかなくなって引き返しちまったんだから。マスターは怖えー顔しながらぶっきらぼうに彼方此方動いていたっけな。さぞかし疲れたろぉー」
「見られてましたか。いやいや。面目ない」
僕は恥ずかしさに熱くなって苦笑いしました。そしてカウンターから出て、カプチーノを窓際に運びました。お二人はまだ夢中で話していました。
「ありがとうございます、マスター!」
「いえいえ。こちらこそ」
カウンターに戻ると、今度はクリームコロッケカレーの方がいらっしゃってました。
「お待たせいたしました。すみません」
僕が謝ると、その方は上品な山鳩色のマフラーを外しながら、微笑んで軽く手を振っておっしゃいました。
「元の来やすいお店に戻って良かった」
それに呼応するようにシゲさんも大声で言いました。
「まったくだ!」
そして、お客樣方はそれぞれに話や珈琲や時間を楽しむ事に戻っていきました。
「あ、ありがとうございます!」
それだけしか口に出せませんでしたが、僕は感動で胸が一杯でした。このお店をやっていて、こんな素敵なお客様達とご縁が出来て本当に幸せだと心底思いました。決してお金には代えられない掛替えのない時間がここには確かに存在するのだと嬉しくなりました。
その喜びを音楽に変えMadeleine Peyrouxwoを流しました。柔らかく包み込むような歌声が優しく満ちていきました。心なしか春めいた匂いすらしてくるようでした。その時、扉が開いて昼休憩の渡部さんが入ってきました。
「お、ようやくいつもの店に戻ったな。ところでマスター、この店の特大パフェを食い切ると願いが叶うって本当か?」