精霊の声が聞こえるか 2
ルーフ。人間が音楽に目覚める以前から存在していた精霊たちの名だ。彼らはただ純粋に音楽が好きで、音楽を奏でる人間が好きなのだ。そんな彼らは普段は人間には姿を見せず、楽器の一部に宿っている。だから人間の方はルーフの存在に気づかない。しかし、ルーフを感じることはあるかもしれない。ルーフの宿った楽器の持ち主は、不思議な力を付与されるからだ。
「ってことは、さっくんは今、何か特殊能力を持ってるの?」
「そうだ。精霊からの贈り物である能力は、楽器に宿らせてもらうための家賃みたいなものだからな」
高校の入学式以来、俺が体験してきた異常現象。
「その家賃っていうのは……音から演奏者の声が聞こえてくる、あれのことか?」
「その通りだ」
音を聞けば必ずというわけではなかったが、この一カ月で何度も演奏者の声を聞いた。音色だけでは伝わらない、伝わってこなくてもいい事がどんどん頭に入ってきて、俺の気分を浮き沈みさせた。
「それが、さっくんに与えたシルクちゃんの持ってる能力なんだ」
「正確には違うな」
正座して感心しながら聞いている美桜に、椅子に座り上から目線で語るシルク。少女二人が歓談しているというだけなら、会話の内容が常識からぶっとんでいることなど忘れてしまいそうだ。
「能力は個々のルーフが持っているものではないのだ。ルーフと楽器の持ち主の相性や、音楽に対する考え方なんかで変わってくる」
「じゃあ、この能力を生み出したのは俺のせいでもあるってわけか」
「嫌そうに言うな。まぁ確かに、お行儀の悪い能力ではあるけどな」
「シルク、もう少し言葉を選べなかったのか?」
俺はため息交じりにシルクに返した。このため息はシルクの言葉選びについてだけではない。能力の原因が自分にもあると考えたら少し凹んだのだ。
「なぁ、シルク。参考までに聞きたいんだけど、他にはどんな能力があるんだ?」
「あ、さっくんいい質問! それ、私も気になるな」
「さっきも言ったように楽器の持ち主によって変わるから、種類は無限にあると思うぞ。私が知っている中では、『楽器の状態をよりよく保つ』とか『音が柔らかくなる』とか…基本的には演奏のスキルアップにつながることが多い。演奏者が最も望んでいることなのだろうな」
よりいい音楽を求める者にとっては、まさに『精霊からの贈り物』だろう。俺だってうまくなりたいと望んでいないわけではない。ただ、俺の音楽に対する考え方において、それより重要なことがあったというだけだ。
「他にもいろんな能力があるが――サクのような能力は珍しいと思うぞ」
そりゃそうだ。俺の能力のような超常現象が演奏者に起こっているなんて、聞いたことがない。たぶん、他のルーフたちは演奏者に存在を悟られていないのだろう。演奏技術や表現力の向上などなら、いちいち精霊と結びつけて考えられないだろうから。
「そしてもう一つ珍しいことが起こった」
シルクは髪をいじっていた手を下ろし、ここからが本題だといわんばかりに立ちあがった。勢いよく立ちあがった時に広がったその長い髪と羽は、精霊というより天使に近く、幻想的で美しかった。
「私の力の制御がうまくいかない」
「……は?」
立ち上がって自信たっぷりに放った言葉がこれだった。美桜も横でぽかんと口を開けている。
「言っておくが私一人ではないぞ。このあたりに住んでいる他のルーフも力の制御がうまくきかないらしい。私が劣っているわけではないから、そこだけは勘違いするな」
突然シルクは、言わなくてもいい言い訳を言い出した。相変わらず無表情のままなのだが、どこか気恥ずかしそうな感じも取れる。
「本来私たちの姿は人間には見えないし、能力もルーフ自身がコントロールできるようになっているのだ。それが一か月くらい前から能力が時折暴走し、ついに今日、姿さえ隠せなくなってしまった」
「じゃあなんだ? 俺はこの弓を使う限り、ずっと後ろにシルクをくっつけてなきゃならないのか?」
「常に、というわけでもないが……力が不安定な時はそうなるだろうだな」
精一杯嫌味を込めて言ったつもりだったが、シルクには通じなかった。やはり精霊と人間では常識が違うらしい。
「ねぇシルクちゃん? “現状は”って言い方をするってことは、打開策があるってことだよね?」
俺よりも冷静に、考えながら話を聞いていた美桜が言った。こいつは昔からそうだ。俺の気づかない細かいことに気づいて、必ず俺よりもうまく立ち回る。
「今、ルーフの力が乱れている原因はたぶん、あるルーフと音楽家の強力な能力のせいだ」
「それがこの近辺に影響しちゃってるんだね」
「近辺とは言っても関東ほぼ全域だけどな」
あぁ、もう。俺は平和に音楽がしたいだけなのに。俺の目の前で繰り広げられているファンタジーな会話は、驚くほど現実味を持っている。
「ルーフというのは音楽が好きでなくてはつとまらん。あくまで憶測にすぎないが……問題となっているルーフは、演奏者に影響されて音楽が嫌いになり、その“歪み”が暴走して周りのルーフまで巻き込んでいるのだろう」
「音楽が嫌いなルーフっていうだけで、そんなに影響力が出るものなのか?」
「たしかにそうだよね。関東全域って広すぎない?」
「もちろん普通は、こんな強大な力はない。しかし、演奏者の実力によって能力が増大されているのだろうな。このままでは音楽の秩序がなくなるかもしれん。ルーフはあくまで姿を見せずに人間の音楽を応援する存在でなければいけないのだ」
当たり前だが、俺はシルク以外のルーフを見たことがない。だから他のルーフっていうのがどんな奴らなのかは想像がつかない。ただ、シルクの話を聞く限り、本当に音楽が好きな精霊なのだろう。でなければ、姿も見せずに一方的に音楽を楽しむものに能力を与えたりはしないと思う。純粋によりよく、より楽しく音楽をしてもらいたいだけなのだ。
――そこは音楽が好きな人間と同じなのかよ
「で、どうすりゃいいんだよ」
ぶっきらぼうに言い放った俺を見たシルクは、初めて笑った。笑顔なんて可愛いものじゃない。その顔には「やっと言ってくれたか」と書いてあった。
「さっくん、さすが!」
シルクの代わりに笑顔になったのは美桜だった。考え事をしている時よりも、かなり幼い表情だった。
「解決方法を簡単に説明しよう」
さっきまでよりも声高らかにシルクが宣言する。
「元凶となっているルーフと演奏者に、音楽を好きになってもらえればいい」
手伝ってやろうと思った俺がバカだった。しかし一応聞いてみる。
「そいつらはどこにいるんだよ」
「サク、残念なお知らせだ。どこにいるかどころか、どんなやつかもわからんぞ」
残念なお知らせを最高の笑顔で言われた場合、俺はどうしたらいいのだろう。「それは残念だね☆」と笑い返せばよかったのだろうか。あいにく俺はそんな能天気な人間ではないので、今日何度目かのため息をついた。
「人探しから始めるんだね! あはは☆」
驚くことに、笑顔じゃないのは俺だけだった。俺の横で、美桜が目を輝かせて笑っていた。
――忘れてた……
「よし、さっくん、がんばろうね! 私も最高のワトソンになってみせるから! じゃ、また明日」
「ってことは、さっくんは今、何か特殊能力を持ってるの?」
「そうだ。精霊からの贈り物である能力は、楽器に宿らせてもらうための家賃みたいなものだからな」
高校の入学式以来、俺が体験してきた異常現象。
「その家賃っていうのは……音から演奏者の声が聞こえてくる、あれのことか?」
「その通りだ」
音を聞けば必ずというわけではなかったが、この一カ月で何度も演奏者の声を聞いた。音色だけでは伝わらない、伝わってこなくてもいい事がどんどん頭に入ってきて、俺の気分を浮き沈みさせた。
「それが、さっくんに与えたシルクちゃんの持ってる能力なんだ」
「正確には違うな」
正座して感心しながら聞いている美桜に、椅子に座り上から目線で語るシルク。少女二人が歓談しているというだけなら、会話の内容が常識からぶっとんでいることなど忘れてしまいそうだ。
「能力は個々のルーフが持っているものではないのだ。ルーフと楽器の持ち主の相性や、音楽に対する考え方なんかで変わってくる」
「じゃあ、この能力を生み出したのは俺のせいでもあるってわけか」
「嫌そうに言うな。まぁ確かに、お行儀の悪い能力ではあるけどな」
「シルク、もう少し言葉を選べなかったのか?」
俺はため息交じりにシルクに返した。このため息はシルクの言葉選びについてだけではない。能力の原因が自分にもあると考えたら少し凹んだのだ。
「なぁ、シルク。参考までに聞きたいんだけど、他にはどんな能力があるんだ?」
「あ、さっくんいい質問! それ、私も気になるな」
「さっきも言ったように楽器の持ち主によって変わるから、種類は無限にあると思うぞ。私が知っている中では、『楽器の状態をよりよく保つ』とか『音が柔らかくなる』とか…基本的には演奏のスキルアップにつながることが多い。演奏者が最も望んでいることなのだろうな」
よりいい音楽を求める者にとっては、まさに『精霊からの贈り物』だろう。俺だってうまくなりたいと望んでいないわけではない。ただ、俺の音楽に対する考え方において、それより重要なことがあったというだけだ。
「他にもいろんな能力があるが――サクのような能力は珍しいと思うぞ」
そりゃそうだ。俺の能力のような超常現象が演奏者に起こっているなんて、聞いたことがない。たぶん、他のルーフたちは演奏者に存在を悟られていないのだろう。演奏技術や表現力の向上などなら、いちいち精霊と結びつけて考えられないだろうから。
「そしてもう一つ珍しいことが起こった」
シルクは髪をいじっていた手を下ろし、ここからが本題だといわんばかりに立ちあがった。勢いよく立ちあがった時に広がったその長い髪と羽は、精霊というより天使に近く、幻想的で美しかった。
「私の力の制御がうまくいかない」
「……は?」
立ち上がって自信たっぷりに放った言葉がこれだった。美桜も横でぽかんと口を開けている。
「言っておくが私一人ではないぞ。このあたりに住んでいる他のルーフも力の制御がうまくきかないらしい。私が劣っているわけではないから、そこだけは勘違いするな」
突然シルクは、言わなくてもいい言い訳を言い出した。相変わらず無表情のままなのだが、どこか気恥ずかしそうな感じも取れる。
「本来私たちの姿は人間には見えないし、能力もルーフ自身がコントロールできるようになっているのだ。それが一か月くらい前から能力が時折暴走し、ついに今日、姿さえ隠せなくなってしまった」
「じゃあなんだ? 俺はこの弓を使う限り、ずっと後ろにシルクをくっつけてなきゃならないのか?」
「常に、というわけでもないが……力が不安定な時はそうなるだろうだな」
精一杯嫌味を込めて言ったつもりだったが、シルクには通じなかった。やはり精霊と人間では常識が違うらしい。
「ねぇシルクちゃん? “現状は”って言い方をするってことは、打開策があるってことだよね?」
俺よりも冷静に、考えながら話を聞いていた美桜が言った。こいつは昔からそうだ。俺の気づかない細かいことに気づいて、必ず俺よりもうまく立ち回る。
「今、ルーフの力が乱れている原因はたぶん、あるルーフと音楽家の強力な能力のせいだ」
「それがこの近辺に影響しちゃってるんだね」
「近辺とは言っても関東ほぼ全域だけどな」
あぁ、もう。俺は平和に音楽がしたいだけなのに。俺の目の前で繰り広げられているファンタジーな会話は、驚くほど現実味を持っている。
「ルーフというのは音楽が好きでなくてはつとまらん。あくまで憶測にすぎないが……問題となっているルーフは、演奏者に影響されて音楽が嫌いになり、その“歪み”が暴走して周りのルーフまで巻き込んでいるのだろう」
「音楽が嫌いなルーフっていうだけで、そんなに影響力が出るものなのか?」
「たしかにそうだよね。関東全域って広すぎない?」
「もちろん普通は、こんな強大な力はない。しかし、演奏者の実力によって能力が増大されているのだろうな。このままでは音楽の秩序がなくなるかもしれん。ルーフはあくまで姿を見せずに人間の音楽を応援する存在でなければいけないのだ」
当たり前だが、俺はシルク以外のルーフを見たことがない。だから他のルーフっていうのがどんな奴らなのかは想像がつかない。ただ、シルクの話を聞く限り、本当に音楽が好きな精霊なのだろう。でなければ、姿も見せずに一方的に音楽を楽しむものに能力を与えたりはしないと思う。純粋によりよく、より楽しく音楽をしてもらいたいだけなのだ。
――そこは音楽が好きな人間と同じなのかよ
「で、どうすりゃいいんだよ」
ぶっきらぼうに言い放った俺を見たシルクは、初めて笑った。笑顔なんて可愛いものじゃない。その顔には「やっと言ってくれたか」と書いてあった。
「さっくん、さすが!」
シルクの代わりに笑顔になったのは美桜だった。考え事をしている時よりも、かなり幼い表情だった。
「解決方法を簡単に説明しよう」
さっきまでよりも声高らかにシルクが宣言する。
「元凶となっているルーフと演奏者に、音楽を好きになってもらえればいい」
手伝ってやろうと思った俺がバカだった。しかし一応聞いてみる。
「そいつらはどこにいるんだよ」
「サク、残念なお知らせだ。どこにいるかどころか、どんなやつかもわからんぞ」
残念なお知らせを最高の笑顔で言われた場合、俺はどうしたらいいのだろう。「それは残念だね☆」と笑い返せばよかったのだろうか。あいにく俺はそんな能天気な人間ではないので、今日何度目かのため息をついた。
「人探しから始めるんだね! あはは☆」
驚くことに、笑顔じゃないのは俺だけだった。俺の横で、美桜が目を輝かせて笑っていた。
――忘れてた……
「よし、さっくん、がんばろうね! 私も最高のワトソンになってみせるから! じゃ、また明日」
作品名:精霊の声が聞こえるか 2 作家名:リクノ