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じれったいのよ。

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 と、大袈裟にテーブルに突っ伏した。木村は加藤の隣で笑いながら、二杯目のジョッキを傾けている。
「雨池さんは、飲み物、いいですか?」
 隣に座った黒岩がメニューを差し出す。それをざっと眺めて、ビールでいい、と答えた。
「強くないんですか?」
 そう訊く黒岩の後ろには、いつ飲んだのか空のジョッキが二つ。雨池はふい、と顔を背けてぼそぼそ答える。
「別に。弱くはねえよ」
「強くもないんですね」
 この、と睨み付けても微笑みを返されるだけだ。
「黒岩ー、あんま雨池くんいじめんなよ」
 雨池を挟んで、か細い枝のような身体の男が笑いながら言う。木村はそれを聞いて、かじりついていた鳥の手羽先を皿に置いてにやにや笑っている。
「駄目よぉ、黒岩くんてば、ほんとにいじめっ子なんだから」
「心外だな。いじめてませんよ」
 涼しい顔で黒岩が言うと、またまたぁ、と周りが沸く。
「雨池くん、気を付けなさいよぉ。優等生ぶってるけどサドなんだから、黒岩くんは」
「───気を付けます」
 真面目にうなずいてみせる。自分でも酔い始めているな、と思ったが、雨池は進められるままに杯を重ねていった。
 宴会コースの締め括りに、デザートです、と店員が持ってきたアイスをすくいながら、時計を見遣った木村が、
「あら」
 と声を上げた。
「JR組は解散じゃない? 終電近いわよ」
 その声に、わらわらと身支度が始まる。地下鉄で四駅、深夜料金のタクシーでもたかが知れている距離に住んでいる雨池は、頬杖をついて、ぼんやりとその光景を見上げていた。
「雨池くんは、平気?」
 そう訊く木村も、のんびりとアイスを口に運んでいる。雨池は眠気を押しやるように目を擦って、こくりと子供のようにうなずいた。
「円山なんで、タクシーでも」
「あ、そうなんだ。まあ、いざとなったら黒岩くんとこに押し掛ければいいわよ」
 雨池の耳には木村の話が半分しか入ってこない。目を瞑るとそのまま眠ってしまいそうになる。
「あらあら、おねむなの?」
 くすくすと木村が笑う声がする。
 雨池は答えようとしたが、言葉にはならなかった。ゆら、と揺らいだ身体を、誰かの、心地良い体温が受け止める。
「んじゃ、お疲れ様でした」
「お疲れ様。また月曜にね」
「お先に失礼しまーっす」
 部屋には木村と黒岩、そして半分眠ってしまっている雨池が残る。
 からん、と木村が梅酒が入っていたグラスを回す。黒岩は正体を無くした雨池を片手で支えながら、少しだけ残っていたジン・トニックを飲み干した。
「木村さんは、アシはあるんですか?」
「カレシに迎えに来て貰うから、へーき」
「じゃあ、会計済ましておきますね」
 雨池を床によこたえて立ち上がろうとした黒岩が、ぴたりと動きを止めた。
「ん? どしたの、黒岩くん」
 木村がグラスを置いて身を乗り出した。
 二人の目に、黒岩のスーツの裾をしっかり掴んだ雨池が映る。まじまじとその光景を見つめて、木村がぷっと吹き出した。
「可愛いわね〜。末っ子よ、きっと」
「……ですかね」
「お金、あたしが帰りにまとめとくわ。カレシが来るまで飲むし。黒岩くんはテイクアウトの用意でもしたら?」
 笑いながらそう言って、部屋の隅にまとめて置いていた鞄を差し出す。黒岩は二人分の鞄を受け取って、苦笑した。
「それじゃ、お先に失礼します」
「はいはい」
 手を振る木村の目の前で、黒岩は雨池を肩に担ぎ上げた。木村が口を尖らせる。
「お姫様だっこは〜?」
 黒岩は、されるがままになっている雨池と木村を交互に見、
「両手がふさがっていたら、タクシーが止められないでしょう」
 と薄く微笑んで答えた。

作品名:じれったいのよ。 作家名:鈴木さら