psychedelic
〆
「何も食べたくない」
ここの所、サイは食欲がない。
朝起きてから水しか口にしない日もあって俺はひどく心配している。
サイの好きなチョコレートを買ってきてやっても、ぐったりとソファに横たわったまま力なく首を振る。
一欠片割ったチョコレートを無理矢理口の中に押し込むと表情のない顔で俺のことを見遣ってゆっくりと咀嚼した。
その他のものは無理に食べさせると決まって吐く。
俺が食べていたサンドイッチを小さく千切って口の中に入れてやるとすぐに眉を寄せてキッチンへよろよろと走った。
噛んでもいないパンの欠片を吐き出して、続けざまに胃液を吐く。
何も食べていないから出てくるのは胃液だけで、何も出てこないことが逆に辛そうにサイは嗚咽を繰り返した。
一通り吐き出してしまうとまた這うようにソファに戻ってぐったりと体を臥せる。
サイの白く細い手首にはまた傷が増えていて、俺は哀しくなる。
「大丈夫?」
「うん、ごめんね、律」
「いいよ、別に」
こんな返答しかできない不甲斐ない自分を持て余してひどく泣きたい気持ちになる。
サイは青白い顔で俺を見上げて笑う。
「なに、そのカオ」
俺は慌てて目元を擦ってごまかしたけど、サイは全てを見透したような悟ったような思慮深い眼差しで俺を見詰めたまま言葉を紡ぐ。
「律は、悪くないからね」
そう言ってサイはいつだって俺を許して、その癖一人になったら自傷を繰り返す。
夜中、サイの嗚咽の音で目を覚ます。
キッチンに目を向けると薄暗い中で丸めたサイの背中が見えた。
荒い息遣いのままずるずると床に座り込む。
慌ててベッドから降りて駆けよるとサイは「大丈夫」と途切れに言った。
動けるか、と聞くとサイが無理だと答えたので、毛布を持ってきて二人してくるまったまま冷たいキッチンの床の上で抱き合って眠った。
朝起きたら隣でサイがチョコレートを食べていて目を瞬くと「おはよう」と言われたので「うん」と返した。
暫くぼうっと見ていたらサイがきれいな顔で笑って言った。
「変なカオ。…律、大好きだよ」
俺はまた「うん」とだけ答えてきつくサイを抱き締めた。
結局のところ、サイが幸せなら俺の世界は平和で幸福なのだ。
作品名:psychedelic 作家名:相原ちひろ