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金木犀の手

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 長瀬さんに電話しました。歩いて行くから、散歩でもしないかと。答えはもうやめとくでした。もう彼は完全に嫌になったのです。私と会いたいとも思えないくらいに。なんと言っても無駄でした。そのまま電話は切れました。彼は出端をくじかれたて、意気消沈したと言っていました。けれど、私にとっては一緒にいられれば良かったのです。何処に行けなくても、ただ一緒にいられればそれで良かったのです。でも彼は違うのです。そうじゃないのです。
 私はこの立場の付き合い特有の虚しさを痛い程感じたのです。全く。何をしても何処にいても影の様に付きまとって、気を緩ませると全面にアピールしてくるのです。不倫の影。不道徳感。
 ふと、彼女ならこんな時にどんな風にやるのだろうと思いました。
 きっともっと上手くやるのかもしれません。彼女にとっては長瀬さんに好かれる事が全てのようでしたし。ひたすら白い手がチラ付きましたが、私は投げやりでした。あの手は彼を見守って抱擁している。
「あなたは私に似ている」
 いいえ。私は彼女のようにそれだけにはなれなかったのです。
 もう勝手にして・・・2人にまた体の関係が出来ようとどうでもよくなってしまったのです。そうです。長瀬さんが疲れ果てているように、私も心底疲れ果てました。もう限界だったのです。
 時間はもうお昼をとっくに過ぎていました。お腹が鳴りましたが何も食べる元気もなく、ぼんやり雨の降る外を眺めていました。いつのまにか薄暗くなっていたのです。家の隣を走る大きな道路が濡れて、そこを通る車のライトが滲んでいました。
 そんな事起こりっこないのに、長瀬さんがいつものように、いきなり歩いて来るかもしれないと何処かで儚く思い待ちながら。例えそんな事が叶った所で、もう私は何も改善したりやり直したりしていける前向きな気持ちがなくなっているのを感じました。全てが無駄だと。無駄な事はないと言うけど、こと不倫の付き合いに関しては初めから終わりまで、無駄だと。いいえ。無駄にもならないどころか、減少していくしかないのだと。そして、誰かに不快な思いをさせるだけしかないのだと。
 雨がアスファルトを濡らすうっそうとした匂いが漂ってきました。いつもなら、落ち着いた気分にもなる匂いなのですが、そこには間違いなく物事の終わりを告げる独特の香りが混じっていたのです。私は力なく倒れるように座り込みました。
 綺麗に粧し込んで抜け殻のようになった私の肩にも、きっとあの手はあって、優しく私の頰を撫でていたのだと思います。もういいのよ。終わったの。楽になりなさいと言うように。
 何故なら、その時何処かから甘く金木犀が香ったような気がしたからです。
作品名:金木犀の手 作家名:ぬゑ