こんこんだくだく
よござんす。お話しいたしましょう。いや、是非とも話させておくんなさい。
忘れもしない、あれは桔梗の花が村のあちこちに咲き乱れていた初秋の晩でございまいた。あたしは夜風に当たろうと、ふらりと歩いていたんです。
そうそう、月もきれいに真っ二つで、やけに大きくて明るかった。
いつもは通らない道を、何とはなしに足が向き、脇道へ入ったんです。
提灯なんか持ちやしません。なんせ月が大きくて、雲一つとありませんでしたから、四間先の木の葉までようっく見えたんですからねえ。
あたしは道ばたの桔梗をたどるように歩きました。
嫌ですよ、そんな事ここいらじゃ皆知ってる。その道の先には一軒しか家が無いってことくらいね。
ええ、ええ、そうです。隣村の庄屋に嫁いだはよかったが夫が死んじまって帰って来た、あの後家が独り住まいをしている、あのあばら屋です。
気になったんでございやしょう。気付けばあたしはその家の土間の横の窓から中をそうっとのぞいておりました。いやなに、あの女はちと変わり者だが、見目は上等なのものでしたから、話しのたねにでもとね。あはは、からかわないでおくんなさい。
ええ、それでじいっと見てみると、土間の向こう、居間の障子も開いておりまして、女が居間に座っているのが見えたんです。
それはもう、横顔だけで心の臓が色めきました。あんなに美しい女は見た事がありません。
え、だから月が大きくて雲一つありませんでしたし、居間の向こう、庭の障子も全部開いておりましたから、よおっく見えたんですよ。
しばし女の横顔に見蕩れていると、その膝元で何かが動きました。そして音が聞こえたんです。何と表現したらよいでしょうなあ。そうそう、そんな音。あたしは女の膝元に目を落としました。だって何の音だか気になるでしょう。
するとどうでしょう。これまた見た事もないほどに幸せそうな顔をして、鮮やかな色を流す男が寝ておりました。
男の腹からはやけにつるりとしたわたがこぼれていて、畳を染め上げる男の血がまるで池のように月の光で輝いて、庭に咲く桔梗までもが血の色に見えました。
恐ろしいですって。いいえ、とんでもない。女の美しい顔と男の恍惚の表情はそれはもう美しかった。美しかったんです。