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鏡裏@のべりすと
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とまととからす

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人生とは一つの果実が熟すかのようだ、と祖父が言ったことがある。
祖母の墓前で。
炎天下の日差しの下、咲く向日葵が印象的だった夏だ。
僕はなんとなくその話を聞き流していたけれど今となれば、フェンスの向こう側に立った今であればわかるかも知れない。
あるいは線路に飛び込もうとした昨日。ナイフを手に取った一昨日。
僕は無意識に死を欲していた。死の淵に立つのが好きだった。
これから何の変哲もない糞みたいな小説の主人公……いや、モブとして生きていくのだったら死を選ぶというだけの話。
それが僕の体の奥底に染み付いているようで、『生きている』という実感、自分の終わりを決定できるという喜びが僕を満たしてくれる。
しかし、まだ20年も生きていないのに命を捨てるのは惜しいしもったいない。
僕にできるのはせいぜいフェンスを乗り越えて死の淵を体感することだ。
淵に足を下ろして座る。
ビル風が髪の毛を撫ぜる。
前かがみになれば死ぬことのできる状況。僕は死の選択肢を選ぶことができる。
「楽しい?」
突如背後から声がする。
「そうやって君は何を楽しんでいるんだい?」
「君はフェンスの向こうにいるけど私はフェンスの上で風を感じるのが好きなんだ」
「しかし世界は広すぎるよね。愛が薄い。私が生きていくには世知辛いな」
べらべらと滑らかな口調で僕の後ろ……正確には頭より高めの丁度フェンスのあたりから声降ってくる。
顔をあげればそこには全身真っ黒の人がいた。
一つだけ。
目だけトパーズのような鳶色だった。
綺麗な瞳に吸い込まれるような感覚を覚える。
「やぁ、私は・・・紹介する自己を持ち合わせていなかった。残念」
僕と目を合わせた彼は目を細くしてにこりと笑った。
「こんにち・・・わ」
目の前にいる彼は何者だろう。
天使か悪魔かただの人か。
僕の糞みたいな人生を変えてくれるようなキーパーソンだろうか。
メーデーがやってきたのだろうか。
「さて、さっきの質問には答えてくれないのかい?」
「僕が・・・何を楽しんでいるか?」
「そうだよ、そうそう。聞いているなら答えてくれよ」
「僕は・・・・・・君と同じだよ」
「風を感じて楽しんでいたのかい?」
「うん」
「君はうそつきだねぇ」
にこりと笑った状態で彼は僕を見抜く。
いや、鎌をかけたのかもしれない。
「ばれちゃったか」
「勿論」
「僕はここで死の淵を触っていただけだよ。楽しくないし面白くもない。ただの暇つぶしと同じなんだ」
僕は身を乗り出しビルの屋上からその先へと続く地面を見下ろす。
隣でスタっと彼がフェンスから降りて僕の横で同じように地面を見下ろす。
「確かにこうやって高さを感じると怖いね」
「うん」
「君はこの感覚に何を求めているんだい?」
「何も。・・・・・・多分」
「私は俯瞰するのが好きなんだ。神様も見えない天から私たちを観察しているだろう。優越感でない、けれど偉くなれるそんな気になるよな」
「ふぅん、僕には分からないよ。偉くなりたくないし」
「そうか」
残念そうな声を出すとそのまま僕の隣に座りなおした。
うなり声のようなビル風が吹き抜ける。
真っ黒な烏が遠くで羽ばたいている。
「神様は白い」
隣で同じ景色を見ていた彼がぼそっとつぶやく声が聞こえた。
「魔王は黒いよ」
と、彼の頭の先からつま先まで真っ黒な服装を見ながら答える。
しかし、肌は白い。
「君はそのどちらも持ち合わせているんだね」
「そうかい? 私はしがない人間のはずだよ」
「人間のはずって」
思わず笑ってしまった。
目の前にいる彼はどう見たって人間だ。「はず」などという言葉を使わずとも分かりきっていることなのに。
そう考えると彼があえてそういう言葉を使ったはずなのに一切そう感じられないのが何故か可笑しくて仕方が無い。