夜桜お蝶~艶劇乱舞~
その背中に親分が声をかける。
「おい、ちょっと待ちな」
「なんですかい?」
振り返ったお蝶の瞳に映る親分は人が代わったように、手をすり合わせて偽善者顔を作っていた。
「その腕を買おうじゃないか、ウチの用心棒としてどうだい?」
「ご生憎様で、あたいらは旅芸人。喧嘩沙汰を商売にしておりやせん」
二階から降りてくる人の気配がした。
子分の誰かが声をあげる。
「姐さん!」
紺色の着物を着た艶やかな女が、裾から生足を覗かせながら降りてくる。姉御のお紺だ。
「ウチの若いのを可愛がってくれたそうだね。それだけの武芸の腕がありゃ、他の芸も達者だろうよ。あたしが座敷を紹介いてやろうじゃないか」
「ありがとうございやす」
礼を述べるお蝶を見ながら、親分は口を挟む。
「おいおい、おまえ……」
「あんた、なにか文句でもあるのかい?」
と、切れ長な眼のお紺に睨まれ、親分は怯えたように口を慎んだ。
壊れた戸口を不審そうに見ながら、若い娘を連れた男が玄関に上がってきた。男の方はお蝶にすぐ気がついたようだ。
「あんたは……」
男と娘は山小屋で出会った二人だった。
連れの娘は畳に寝かされている、同じ年頃の娘の死体を見つめている。これから足を踏み込む世界の成れ果てだ。
お蝶と黒子はすでに通りに出ていた。屋内にいる親分と姉御に頭を下げて立ち去った。
乱暴に運ばれていく娘の死体。それを見る娘の眼は憎悪を湛えていた。
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)