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凍頂烏龍より高嶺じゃないよ

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憧れっていうものは男女に平等に抱けるものであると思う。でも好きという感情はいつも僕を悩ますし結局のところ、何が好きなのかって言われても誰が好きって訊かれたとしても、僕は答えられないんだと思う。そんなわけで僕には今好きな人はいない。でも尊敬できる人、憧れる人っていうのはいる。その人に尽くしたいと思い、もっと一緒にいたいと思う。最も口には出さないけれど。
 憧れとは何だろう、考えてみるとその答えは意外と複雑で自分の求める理想像とでもいうべきなのかな?
 だから確固たる物が欲しかったのかもしれない。僕が目指す大人という一つの像。確かにそれは彼の中にあったから。
「生徒会長、書類出来ました」
「おう、相も変わらず仕事早いな」
「いやいや、会長のためならいくらでも」
 僕のにこやかスマイルを見ながら竹ちゃんは残酷な言葉を投げかける。
「なあ、佐伯少しばかり外出ろや」
「はい?」
 僕は竹ちゃんに生徒会室から連れ出されると、そのまま廊下を渡って男子トイレへと引きずり込まれた。背後から女子のキャーという歓声が聞こえたが、まぁあの手の女は無視するにかぎる。
「前にも言ったと思うんだがな」
「はい、何をでしょう?」
「俺はノーマルだ」
「そうですね」
「だから今後一切、俺の前でああいう笑みを浮かべるな」
「やだなぁ、あんなのいまどき当たり前じゃないですか」
「笑えないようにその顔にあざを刻む必要があるか?」
「いえいえ、冗談ですよ」
 竹ちゃんは嘆息しながら僕を見つめる。やだなぁもう。そんなに見つめられると照れるじゃないですか。
「何でそんなにやけ顔になるんだ」
「そうですか?」
「ああ、むかつくほどにな」
 竹ちゃんはそういい収めると、再び生徒会室へと戻っていった。僕はとりあえずせっかくなので用を足すことにして、小便器の前に立った。水は高きから低きへと流れるが如し。それは人の身体のものも変わらずっと、ね。
 換気のために開いた窓からは茂った青葉で覆いつくされていた。よーく目を凝らすと枝に小鳥が止まっていた。ツバメでもすずめでもない。目の周りが白いのでメジロということにしておこう。さて、今度は僕が嘆息するばんだ。竹ちゃん、何がそんなに気にくわないかなぁ? まぁ、理屈はわからないでもないんだな。だって向こうからすれば僕は男だし。こんな風にやたらと近寄ってくるような男は気持ち悪いだけだろう。それでも嫌わないでいてくれるのは、幼馴染だからだ。一つ年上で子供の頃はよく一緒に遊んだ。あぁ竹ちゃんと呼んでいたころが懐かしい。今でも心の中では竹ちゃんだけど。
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 竹ちゃんは子供の頃から僕の中ではヒーローだった。何でも出来た。だけど僕も何でも出来た。ただ、竹ちゃんのほうが少し僕より出来た。だから竹ちゃんは僕の中でヒーローになれたんだ。
「お前どこの学校受けるつもりなんだ?」
 県の最難関校にあっさりと入った竹ちゃんは僕に聞いた。間髪いれずに僕は答えた。というかそれ以外の選択肢を用意していなかった。
「竹人さんのところ」
「まじ? 頑張れよ。俺も結構ぎりぎりだったんだから」
 笑いながら言う竹ちゃんはやっぱりかっこよかった。僕の姉貴が高校に行くことに真剣に悩むほど壊滅的に勉強が出来なかったから、なおさらだったのかもしれない。
 そんなわけで僕と竹ちゃんは同じ学校で年月を過ごし今では一緒に生徒会に入っている。
 それは僕にとって当たり前のことだったし、竹ちゃんの側にいられないのだったら、それはそれで生きる道もあるんだろうけど、あまり意味を見出せないのだろうと思った。
 トイレから帰ると竹ちゃんはもういなかった。仕事が終わったのか、はたまた仕事を求めて職員室にでも向かったのか、いずれかといったところだろう。とりあえず、竹ちゃんが僕をおいて学校から帰るはずも無いので、家も隣同士だし、僕はそのまま生徒会室に残った。
「ねえねえ、佐伯君」
「何? 川島さん」
「この書類どうすればいいのかな?」
 川島さんは僕と同じ学年で、同じ庶務を担当している。あまり仕事は出来ないけどお茶を淹れるのには定評がある。僕はコーヒー党なのでよくわからないけれど、竹ちゃんなんかはよく彼女にお茶を淹れてもらっている。
「んっとね、これは……」
 答えようとして、彼女に視線を浴びせる気配が生徒会室にあること気付く。なるほどね。
「ああっとやっておくからいいよ。友達待ってるんでしょ?」
「ほんと? ありがとう」
「ん、いいよ。別にたいしたことでもないし」
「ほんと、ありがとね」
 たいしたことじゃないんだから、やって欲しいものだけど、残念なことに僕の周りには仕事が無い。どうせ竹ちゃんを待つのだ。人の仕事をやってしまうのも時間つぶしにはちょうどいい。
「じゃ、これお礼に一杯、どうぞ」
「ん、ありがと」
  紙コップに入れられた液体が湯気を立てながら僕のデスクに置かれた。その湯気に混ざりながら僕はキーボードを打ち始める。
 放課後終了のチャイムがなっても竹ちゃんは戻ってこなかった。生徒会室は僕の使うパソコンだけに電源が入ったままで、川島さんにもらったお茶の湯気はとっくに冷めて立ち上らなくなり、外の夕焼けはだんだんと赤さを増しその輝きを失っていった。
 教室の電気をつけようと立ち上がる。スイッチに手を伸ばしたところで扉が開いた。現れたのは竹ちゃんだった。
<改ページ>
「なにやってんだ? こんなとこで」
「仕事、川島さんのだけど」
「は? お前に押し付けたのか?」
「ううん、進んで引き受けた」
「は?」
 人は意味が理解できても、意図が理解できないときがある。竹ちゃんもその例に漏れない。そんな僕だからこそ側に置いてもらえるのかもしれないけれど。
「だって、どうせ竹ちゃん帰ってくるまで暇だったし」
「だからってなぁ」
 ため息を吐きつつ頭を掻く竹ちゃん。僕と一緒に帰ることを竹ちゃんが否定しなかったことを僕は素直に喜んだ。
「それと、竹ちゃんと呼ぶなって言ってる」
「いいじゃん、別に。二人しかいないし」
「まあ、な」
「僕のことも遠慮なくさっくん、って呼んでいいんだよ」
「誰が、するか。んなこと」
 でも幼稚園の頃呼んでたのは事実だ。あの頃は憧れとかそんなんじゃなかった。僕にとって竹ちゃんはヒーローでもなんでもなかった。友達だった。
いつからこんな風になってしまったんだろう。
「竹人さん」
「あん?」
「飲む? これ」
 僕は冷めてしまったお茶を竹ちゃんに勧めた。なんとなくだ。手にした紙コップの中でゆらゆらと茶色い液体がゆれる。ふんわりと不思議な香りがした。紅茶のように甘くは無いけれど心落ち着く香りだった。
「あ、凍頂烏龍か。じゃもらうわ」
 聴きなれない言葉を反復する。
「そ、凍頂烏龍茶。中国茶の最高級品種で、あんまり飲めないんだな。なんだか川島の親父さんが貿易会社に勤めててよくもらうんだとかで、よく淹れてくれるんだけどさ。やっぱ市販のより葉っぱで淹れた方がぜんぜん上手いのな」
「竹人さんがお茶好きなんて知らなかったよ」
「いや、別に好きってわけじゃないけどな。……いや、好きなのか。ただ川島が淹れてくれるまで知らなかっただけだ」