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終われない毎日に見る夢のような日々

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手にしたハサミで手首を刺す。鋭い痛みが全身を走る。思わず眉をしかめたら、まなじりから涙がこぼれていった。ああ、また終われない。あたらしくできた傷口から赤い血が流れていく。その下にあるいくつもの傷跡は私が今まで生きた証で、そして壊れられなかった証拠だ。「ものごとにはね、かならず終わりがあるものなの」そう言ってうつむいた女のことを思い出す。女はまっすぐな黒髪を重力のままに垂らして泣きながらそう言った。私が6歳のときだったと思う。その瞬間まで彼女とその夫と共に暮らしていた家を出て、その姿を外から眺めながら、彼女のその言葉を震える声と共に受け止めて、私はこれが終わりというものなんだと悟った。それから10年。私に終わりはまだ来ない。



リリリリリリリリ。リリリリリリリリ。単調な音の繰り返しをバン、とてのひらで止めて、私はうっすらと目をあけた。自分でセットしておいてなんだが、目覚まし時計の音というのはいつも耳障りだ。むりやりに目を覚まさせるためなんだから仕方が無いが、すこし音が大きすぎる気がする。はあ、とためいきをついて寝返りを打つ。朝だ。差し込む光は白く輝いていて、今日の天気を知らせている。どうせならくもりならよかったのに、と考えて、いやいや、と布団の中で1人首を振る。いや、晴れでよかったのだ。自分の親友、である少女の顔を思い浮かべてふふ、と笑う。われながらきもちわるい。でも彼女は真実かわいらしかった。ちいさな頭に光の輪が輝いていて、とてもまぶしかった。彼女にはきっと晴天が似合う。大きな瞳に映り込む太陽を想像してまた笑った。早く会いたい。起きよう。がば、と布団を剥がして私は制服に手を伸ばした。

逸る心を抑えて教室のドアをそっと開けると1人の少女がぱっとこちらを振り返った。「おはよっ」と言って笑う顔は嬉しげで、こちらまで嬉しくなる。「おはよう、佐和ちゃん」返すとより深まるその笑みはだれより輝いて見える。かわいい。かわいい。いとおしい。



はじめて会ったのは1学期も終わりに近づいた7月のことだった。佐和ちゃんは、転校生だった。うちは進学校だから、途中転入はめずらしい。当然話題になった。私はまったく興味がなかったので名前すら忘れていた。それが、ある日のことである。いつもどおり学校へ行こうとしていた私はバスに乗り遅れそうになって走っていた。止まれ、止まれ、とどっかの時をかける少女のように心中で呟きながら走り続けていたが、元々運動音痴な私の足で間に合おうはずもない。バスはゆっくりとバス停から走り出しかけた。あー…と諦めを含んだ感情で見送っていると、「はやく!」と高めの女の子の声が聞こえた。はっと顔を上げると、バスの乗降口に片足をかけて、少女がこちらに向かって叫んでいた。「何してんの、行っちゃうよバス!乗らないのー!」それが私にかけられているものだと気づくまでに少々の時間がかかった。我に返って急いでバスに乗り込むと、さっきまで大股開いてバスを止めてくれていた少女はこちらを振り返り、「よかったねっ」と心底嬉しそうに微笑んだ。その瞬間、全身の血が騒ぐのがわかった。心臓がこれだ!と叫んでいた。私は彼女に恋をした。


佐和ちゃんはその笑顔が示すとおりのあかるい女の子だった。私たちは出会ってすぐにとても親しくなった。それは彼女の人柄がとても大きかったと思う。私は話すのが苦手だし、クラスでもどちらかというと浮いているほう、だから彼女がそんな私の性質にかまわずに話しかけてくれなかったら私たちはこんなに仲良くはなれなかっただろう。彼女はちいさなことにとてもよく気のつく子で、笑い声はケラケラと明るかった。あの花、あれなんていうのかなァ、すっごいかわいいね、と話しては笑う彼女が、私には花なんかよりよっぽどかわいく、まぶしく見えた。
そんな彼女は当たり前のようにクラスでも人気があった。彼女の人柄は人を惹きつけるところがある。男の子だけでなく女の子にも慕われていた。整った顔なのか、と言われればそうではないかもしれない。けれど彼女の魅力は人を魅了して離さない。そう、だって私は彼女に魅了された1人だ。

もちろん、彼女は私のこんな視線に気づいてはいない。どこの世界に、友人がじつは自分に恋をしているなんて考える少女がいるだろう。佐和ちゃんは私のそんなきもちはしらない。これっぽちも。私のことは、きっと、学校でいつも一緒にいるまあ親しい友人、くらいに思っている。推測でしかないがおそらくそうだろう。そしてそのことは私を暗いきもちにさせた。私のことを恋人にして欲しいなんて思いはしない、だってそんなこと到底できやしない。私は彼女が好きだ。だからこそ彼女にはしあわせになって欲しいと思う。それが私にできるかと言われれば私は素直にうなずくことができなかった。腕を押さえる。このセーターとカッターの下に隠した傷だらけの腕が、果たして彼女をしあわせになどできるか。答えはノーだ。ノーでしかない。けれど、ならば、私は、私の存在は、この学校を卒業したら、…いや、もしかしたらその前、クラスが変わったりなんていう些細なことで、彼女の中から消えていくのではないか。忘れ去られて、私の存在などなかったことになるのではないか。「ものごとにはかならず終わりがあるのよ」脳内にあの女の声が響く。ならばいっそ、…いっそ。私の瞳に暗い影が蠢くのを、私自身は知る由もない。クラスメイトに呼ばれた佐和ちゃんがちょっと待ってね、と言ってそちらへ走り寄って、いつものようにケラケラと笑った。



「今日帰りちょっと寄り道してかない?」
テスト後わりの午前授業が終わった昼下がり、鞄を手にした私に佐和ちゃんはそう声をかけた。
「いいけど」
「よっしゃ!」はしゃぐ彼女に心がやわらぐ。
「いいけど、何処へ?」笑いながら問うと彼女は人差し指を口元へ持って行き、「いいとこ!」と微笑んだ。

やたらに元気のよい佐和ちゃんに「早く早く!」とひっぱっていかれたのは学校裏の、人気の少ない道だった。
「…え?寄り道ってここですか」
何もないどちらかといわなくても淋しい道路に思わず声が漏れる。
「ばか、ここじゃないよ、このガードレールの向こっかわ!」佐和ちゃんの指差すほうを見るとそこにはただ一面の草原が広がっていた。名も知れぬ花がぽつぽつと咲いては風に揺れている。ざあ、と風が私たちのあいだを吹き抜けて行った。
「ね?いいとこでしょ?」
そう言って佐和ちゃんは目を細める。
「とっておきの場所なんだ」

みのりといっしょに来たかった、そう言ってやわらかに笑む佐和ちゃんの長いまつげが頬に影をつくっていた。胸の中でなにかが大きく膨らんで、うまく、言葉にならない。私はただ、呼吸のすきまでちいさく「うん、」とささやいた。