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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「男の子は、その幼稚園を辞めた」
 ある日、突然……理由もはっきりとしない、転園。
「彼は、言っていたらしい。『もうあそこには行きたくない。あそこには――』」
 悪魔がいる。
「悪魔――……それは、どういう意味だったんでしょう」
 赤いアクマは、先生に聞く。
「さあ……。ただ、よっぽどショックだったのだろう、と片付けられてしまったようだけれどね。でも、ここで重要なのは『そんなコト』じゃない」
『そんなコト』
 男の子一人が、肉体的にも精神的にも信じられないほどの傷を受け、幼稚園を辞めてしまう程の『事件』を、この人は。そんな一言で――
 片付けてしまった。
 寒気がする。俺の目の前で悲しそうに話しているこの人は、一体。
 どういう精神を、
 しているのだろう?
 どうしてそうも、どうでも良さそうに――……
 ハナセルノ、カ。
 まるで、咲屋という存在以外には。
 まるで興味が、ないかのようだ。
 ――――……気持ち悪い。気分が悪い。
 …………うえ…………。
「……雨夜君、大丈夫?」
 紅也が俺の顔を覗き込む。……笑っていない。本当に心配してくれているようだ。珍しい。雪でも降るんではなかろうか。
「……そんなコト考えられるようなら、大丈夫だね」
 むっとした様子で、紅也はまた前を向く。
「もう、話しても良いかな?」
 そう問う先生に肯いて、俺は気分の悪さをぐっと堪えた。
「ここで最も重要だと思われるのはね……この時もまた、ハイラちゃんが記憶を失ってしまった、ということなんだよ」
――え……? 記憶を?
 戸惑う俺に、先生は肯いて見せた。
「朱露の死を目撃した時から丁度一ヶ月が経っていた……。二回目の、記憶の喪失……」
 二回目……。
「彼女は……ハイラちゃんは、誰にも言えなかったらしい。だって、そうだろう?」
 その時自分に記憶が無かったということは。
 男の子に暴力を振るった人間など覚えているはずもなくて。
 つまり、それは。
『男の子に暴力を振るった人間がいた』という自分の証言を、根底から否定してしまうということ。
 だから、言いたくても言うことが出来なかった。言えなかった。言ってはいけなかった。
 言ってしまっては、言ってしまっては。
 もう一つの可能性を……自分を最も追い込むことになるもう一つの可能性を……自ら露呈してしまうことになる。
 その、可能性とは。
「ハイラちゃんが男の子に暴力を振るったのだという、最も忌避すべき可能性を、彼女が考えなかったわけが無い」
 あの子は頭が良いからね、と先生は笑う。悲しそうな笑顔。
 違う、と俺は心の中で否定する。
 咲屋は、頭が良いのではない。ただ――……悲しい程に、感覚が鋭敏で、繊細だっただけだ。ただ、勘が良かっただけだ。感受性豊かな子供だったのだろう。とても……とても。
 でも『それ』は、自身を更に追い詰めていくだけ。役に立てるどころか、自分が立っている足場を脅かし、心を蝕んでいく――……。
「ハイラちゃんにはその時、『罪の意識』が深く植えつけられた。自分は無実の人間を罪人に仕立て上げてしまった。男の子の身体と心に、一生完治しないであろう傷をつけた。……彼女にとって、それは最早ただの可能性の問題に留まらず、『事実』という認識の下に育った、たった一つの『真実』となった。彼女は、苦しんだ……」
 苦しんで。
 たった一人で、苦しみ続けて。
 ずっとずっと……苦しみ続けた。
「でも、やはり偽りというものは長くは続かない。ご両親は、ハイラちゃんの様子がまたおかしいことに、すぐ気がついた」
 彼女が五歳になってから、だったかな、と先生はその当時を思い出すように笑う。
「その頃、僕は彼女のご両親に呼ばれたんだよ」
 咲屋灰良は五歳。早倉井羅草は二十七歳。
 まだ若かった精神科医は、まだまだ幼い少女の心を『治す』べく、屋敷に招かれた。
「大きな、立派な屋敷でね。僕も気後れしたものだよ。聞いたところによると彼女のご両親の家系はどちらも由緒正しい家柄でね……まあ早い話が『お金持ち』だったってこと。なんでも僕の父――ここの院長なんだけど――と旧い仲だったようで、まだ新米といっても良いような僕がご指名されたらしい」
 懐かしむように、先生は話す。俺と紅也は、ただそれをじっと聞く……。
「お母さんは美人なんだけど、……きつそうな顔立ちで、それは事実その通りだった。僕の目の前で、使用人の女性を何人もクビにしてしまったよ。お父さんの法も強面でね。とっつきにくそうだったけど、話してみると、別に怖い人ではなかった。まあ、ただ――少しだけ、厳しすぎた、ようだけどね」
「よく覚えてらっしゃるんですね?」
「まあね。今でも、本当に時々だけれど、お宅には伺ってるし……。そう、それで話に戻るけれど……その当時、ハイラちゃんはまだ五歳だったけれど、しっかりとした、自分の考えを持っていた。彼女はなかなか心を開いてはくれなかった。……でも。一度打ち解けてからは、僕に――僕『だけ』に、色々なことを話してくれたんだ」
 その、打ち解けるまでが結構大変なんだけどね……、と先生は微笑む。