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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「そういう君は、今流行りの、通り魔さんだね?」
 紅也もまた、当然のようにそんなことを言う。まるで旧友か何かと町でばったり会った時のような親しみと気軽さを乗せて、いつものように微笑みを浮かべながら。赤い眼で、彼女を睨んだ。
――って。おい紅也、お前今、何て言った……?
 今にもパニックに陥りそうな頭で、俺は問う。『通り魔』だって? 心の準備なしに会いたい人間ではない。
「おや、随分慌ててるね? 雨夜君」
 あくまで落ち着き払った紅也は、俺を見て薄く笑う。
「まあ、少し深呼吸しなよ。そう緊張する場面じゃない」
――…………。
 すー、はー。
 言われたとおりにしてみたりする、従順な俺だった。
「…………、さて」
 紅也は俺から、前方の少女に視線を戻した。
「ご用を聞こうか」
 少女は軽く笑って――「くすくすくす」――、立ち位置を変える。日陰へ。道の、暗いほうへ。少女の影が、陰と同化し。夕日による逆光は、最早遮られ。
 俺たちの目の前に、通り魔は姿を現した。…………。
「おやおや」
 紅也が、楽しげに眼を細める。
 おいおいおいおい。
 俺は心の中で、何度も突っ込みを入れる。ここで起きている、この状況そのものに対して。おいおいおいおい……、冗談か? 何の真似だよ、新手のギャグか? なあ、咲屋。
「くすくすくすくす……」
 そう、俺と紅也の前で笑っている『通り魔』は、……咲屋灰良、その人だった。
「くすくすくす……その反応、良いね。さすがは更衣雨夜君」
「で? 君は――……見たところ咲屋さんに似まくってるけど……本人じゃ、ないよね?」
 紅也はいちいち確認するように、語尾を強調する。
――そうなのか? 紅也……、こいつは、咲屋じゃない……のか?
 少々混乱しつつも、俺は紅也にそう問う。紅也は肯いて、
「勿論。だって、服装からして違うじゃない」
 言われてよくよく見れば、咲屋灰良はさっき会った時真っ黒なワンピースを着ていたが……今目の前に立ち、くすくす笑っている少女は、リボンのついた白いキャミソールに、ジーンズ生地のショートパンツを身に着けている。靴だって、咲屋灰良のサンダルに対して、こちらはスニーカーに似た感じのものである。雰囲気も、言われて見れば、どこか違うような。
「それにね、君。さっきまでいた人間に、わざわざ名前を確かめるような真似は、普通しないでしょう?」
 全く持ってその通りだった。紅也の諭すような口調に、俺は少し気恥ずかしくなる。
「ふうん……。何か君、聞いてたのと違うねえ」
 突如、少女が口を開いた。俺を見ながら、彼女は話す。
「もっとこう……、何て言うか、知的でクールな感じだと思ってたんだけど」
 俺の知らないところで、勝手な評価がされていたようだ。
「こんな天然君だったんだ」
――…………。
 知らないところでされていた評価は、早くも崩れ去ってしまったようだ。
「まあ、『そんなこと』はどうでも良いか。そうそう、用事があったんですよ、用事が」
 少女はゆらりと体を傾けて、また戻った。どうも、足元の不安定な娘である。
「と、その前に自己紹介しておきますか。そっちの情報を、こっちが一方的に知っている、っていうのは、不公平だもんね」
 また、ゆらゆらとかげろうのように揺れながら、彼女はくす、と笑う。――そして。
 右手を高々と掲げて――それはまるで、見えないナイフを振り上げるかのように――、勢い良く下ろし、その反動を利用して、身を低く――そう、それはまるで、ナイフを自分の体の前に構えるかのように――そのまま、目にも止まらぬ速さで……
 俺の後ろに、回りこんだ。俺の首元に、ひやりとしたナニカを、当てた。
――…………。
「では、自己紹介します」
 彼女は俺の耳元で、すうっと息を吸う。
「年齢十七、身長・体重は秘密、職業は通り魔。目下警察の方々に追い掛け回されている、壊れた青春真っ只中の」
 くすくすと笑う声が、すぐ近くで響く。
「可愛い可愛い、……」
 俺は、ただそれを聞いているだけ。紅也が何も言わない、ということは。
「咲屋朱露ちゃん。灰良ちゃんの、双子の姉だよん」
 俺の首にあてがわれたこれは、……多分、ナイフではない。
「そう。君が誰かは、十分分かったよ。それで、一体何の用なんだい」
 もう、陽が落ちる。辺りはどんどん暗くなっていく。紅也の、真っ暗で真黒の髪を照らすものが、徐々に減っていく。
「…………」
 俺の首からナニカを外して、少女……いや、『通り魔』咲屋朱露は、またもとの位置に舞い戻る。舞うように、戻る。