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道徳タイムズ

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第1話「困惑の連鎖」


「うわぁ!」
 そこは白に包まれていた。白い天井白い道。足をつけるとガラスを踏んだような音が響いて、私はその突然の変化に驚き、足を絡めて躓いた。私が地面に衝突するのと同時に、後ろでそっと扉が閉まる音がした。
「……!?」
 振り返ると、もう扉はなくなっていた。
「大丈夫?」
 唖然として固まっていると、しばらく様子を見ていた彼が、そっと手を差し伸べてくれる。私は恥ずかしくて彼をすぐには見ることが出来なかった。でも、座りっぱなしでいるわけにもいかないので、ズキズキと痛む腰のために少しよろめきながら、彼のその手を無視して自力で起き上がった。
「すいません、アリガトウございます」
と、一応お礼だけは言っておく。彼は私がしっかりと立ち上がったのを見ると、無視された手をポケットに突っ込んで笑った。全く気にはしていないようだ。
「えーっと、ここは、どこですか?」
「……君は、夕菜を探しているの?」
 今度は向こうが私の質問を無視する。私は少しイライラしながら「はい」と答えてそっぽを向いた。彼はまだ少し笑っている。
「それで、貴方は誰なんですか?」
「……啓輔(けいほ)。君は?」
「愛子です」
 少し乱れた短い黒髪に、私とほぼ変わらない百六十五センチほどの背丈で、私の住む近隣の高校の制服をまとった彼は、また能天気に笑顔を見せて、頬をかきながら言った。
「よし、それじゃあ、ついてきて」
 何がなんだか分らないまま、私は彼の後を歩いていた。彼は何か事情を知っているみたいだし、それに、私はこの場所が何で、どういうところで、どうすれば戻れるのか分らないから、そうするしかないと思った。
「えーっと、愛子ちゃん、だっけ。そういえば夕菜がいなくなったことは知ってるんだよね?」
「はい、彼女のお母さんから聞きました。貴方こそ……」
「貴方じゃなくて啓輔」
「――啓輔さんこそ、どうして夕菜のこととか、こんなわけの分らないところを知ってるんですか?」
 私は探りを入れるけど、彼は後で話すとだけ言って明確には答えなかった。ただ一言。
「君にとって、道徳って何?」
そのまま、しばらく沈黙が続いた。

*     *     *     *     *     *

 なかなか景色の変わらない道を進んでいくと、急にその通路の左右に無数の扉が見えるようになった。色も形も様々で、扉の高さや横幅だけが統一されていた。
「ちょっと、不気味……」
「確かに、同じ景色が続くのはね。人の心の数だけ扉があるから、この世界は途方もなく広いんだ。そしてまだ未完成」
「未完成?」
「……まぁ、もうすぐ着くから、着いておいで」
どこに? と言おうとしてやめた。どうせ言われてもわかりっこないから。
ただ啓輔さんの後ろをまっすぐに行くと広間に出た。先は行き止まり。少し向こうにとても巨大な扉がたたずんでいた。いや、その大きさは扉というよりは門、といったほうがしっくり来る。
「その扉に、触れてごらん?」
 扉を眺めて圧倒されている私に、突然、啓輔さんが声をかけた。
「どうして?」
 私が不思議そうに尋ねても、彼は触れれば分る、としか言わなくて、またその笑顔にモヤモヤとした想いを抱きながら一歩一歩扉に近づいた。近づくたびにその扉を封鎖している鎖のようなものが少しずつはっきりと視界に移ってきた。目の前に立ったときには、錠のようなものまで見えていて、神聖な力をそれに感じた。
「これに、触れるんですか?」
 少し怖気づいて後ろを振り返ると、相変わらずの笑みで彼は頷いた。深呼吸をして、軽く扉に触れる。
 その刹那。
「――っ!」
 体に電撃が走ったような感覚が襲った。何かがあふれてくる。私じゃない誰かが入り込んできて、ぐちゃぐちゃにかき乱すように体が疼いて
「いやぁあああああああああっ!」
――私は声を上げた。ぼやけていく視界。ふり返ると、啓輔さんはにやりと笑っているような気がした。
 それから、頭に一つの映像が流れた。夕菜はいつも笑っていた。どんな時も、絶対に弱いところを見せようとしなかった。強かった。本当の意味で、夕菜って強いなって、思っていた。優しくて、明るくて、いつもいつも、元気な姿のままでいるから、強いってことは、傷つかないことなんだと錯覚していた。そして、夕菜は今も必死に笑っている。だけど、その映像の中での夕菜はただ泣いていて、何かから必死に逃げようとして、こちらに手を差し伸べて……
「――助けて!」

*     *     *     *     *     *

「!」
 声と共に目が覚める。
「夢、か……。ここは、元の世界?」
 目が覚めても、また真白な天井。だけど少し暗くて、地面はあの真白な世界とは比べ物にならないくらいふかふかしている。布団だ。
体を起こしたら、私はベッドの上だった。シンプルで無駄のない紫に統一された家具、読んだこともない漫画やファッション雑誌、なんだか分らないファイルの数々。知らない部屋。壁にはスカートやジャケットが数着かかっていて、ベッドの脇には読みかけの携帯小説とランプ。何故こんな場所にいるのか、なんて思っていたら突然部屋の明かりがついて、一人の女性が現れた。
「起きたんやね」
 長い漆黒の髪をポニーテールにたばねて、背は女性としては高く、大人びた女性。瞳は少したれて、おっとりした空気と、品を感じた。
私が唖然として何も言えずにいると、彼女はふっと溜息をついて、私のいるベッドに腰掛けた。
「あなた、夕菜の門のまん前で這いつくばって倒れてたんよ」
「……私が? あぁ、そっか」
 腕にまだ残る、びりびりとした痛み。体のしびれは治まることなく私の体に焼き付けられてしまっていた。ほんの少しだけだけれど、体の自由も利かない。
「助けてくださったんですね、ありがとうございます」
 私は一礼した。同時に知る
「ここはまだ、心のネットワーク、なんですね」
 私がそうたずねると、彼女はただ頷いた。
「うちは楼世(ろぜ)。あなたは愛子ちゃんやろ?」
「え、ええ、そうですけど」
 私が肯定すると、楼世さんはすっと立ち上がって出入り口らしき扉に手をかけた。扉が開いていくと同時に明るい光が目に差し込んでまぶしい。そして、その先に広がるのは、先ほどの広場だった。ただ一つ違いはあるけれど、間違いなくあの広場。
「夕菜の門を開けたんは、あなた?」
 振り向いた彼女の瞳は鋭く、敵意がむき出しになっていた。私は臆してつばを飲み込むけれど、状況は何も変わらない。私に与えられた選択は
「夕菜の門って、何ですか?」
 この一言のみだった。


作品名:道徳タイムズ 作家名:黒衣流水