道徳タイムズ
目の前にいる愛子を私は抱きしめた。
「愛子、お前……」
「……!?」
「私は、私のことが嫌い……なんて、もう自分を傷つけなくていいよね。貴方は私。私の道徳。もうネガティブになんてならなくていい。かえっておいで」
抱きしめてそういった。もう一人の愛子の涙が肩に落ちてきて、私は誰かに甘えたかったんだって気付いた。私は誰かに縋ってたんだ。少なくとも夕菜には縋ってたし、ここに来てからも誰かに答えを求めてばかりだった。『夕菜は何処?』って。自分でちゃんと捜す前から、誰かに甘えてたんだ。だけど、他人は他人だから、私にはなれないから求めた応えは必ず返ってこない。目の前の私は、心のネットワークなんてものに隠して置き去りにしてきた心の奥の奥の私自身。
それから、目の前の愛子は消えて、あたりが明るくなった。
「これで、良かったのかな」
私は小さな声で呟いた。隣にいる遊馬は何も言わず、ただ頭を撫でてくれた。同じ歳の幼馴染なのにやけに大人びている、昔よりずっと不器用な遊馬の優しさ。遊馬もずいぶん変わった。昔はもっと活発で暴力的で大口もたたいたけど、今は何も言わない。私の求めた答えだけをくれる。
「遊馬。変わったね」
「そうか?」
「うん。昔より大人っぽくて無口になった」
私がそういって見上げると、遊馬はほんの少し赤くなって、三歩前に出た。小さな声で「だとしたら愛子のおかげだ」と呟いたのを、私は聞いて、聞かないフリをした。だって、恥ずかしかったから。
「夕菜の元に、いこう」
遊馬がそういうのに頷いて、私たちは扉を開けた。この先は夕菜の中枢。そこには、啓輔さんもいる。ネガティブって言うのもいるかもしれない。私が息を飲むと、また遊馬が手を握ってくれた。
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