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ボンベイサファイア
ボンベイサファイア
novelistID. 18513
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孤島

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 それからしばらくしてコンシェルジュとボーイは去り、彼女も泣き止み落ち着いて、その残った方の手で涙を拭い、壁に手を付きながら帰って言った。帰る時、彼女はしきりにありがとう、ごめんね、と私に笑いかけてくれていた。その間私は微笑みを浮かべていた。何か言ったり思ったりしたら、彼女に懺悔をしてしまうんじゃないか、というのが本当の所だった。
 彼女が見えなくなると私は部屋に戻り荷物を纏めた。胸に何かいっぱい詰まっていて、それ以外の事は気になったり思い出したり出来なかった。とりあえず、最初広げた時と逆の順番でトランクに荷物を纏める。そして、部屋を後にした。
 表玄関に向かうと、そこでコンシェルジュとボーイが控えてくれていた。
 「短いご滞在でしたが、いかがでしたでしょうか。」
 死んでしまえ。
 こう思ったけれど、口には出さなかった。
 「ええ、結構でしたわ。ありがとう。」
 コンシェルジュはオペラのように、ボーイは形通りの、お辞儀をして私を見送ってくれた。
 表玄関から外に出る。すると、広い広い海が私の目に飛び込んできた。潮の香りが少し私の神経を落ち着かせてくれる。
 階段を降りようとして、彼女がすぐそこに居ることに気づいた。私たちは向き合った。
 彼女はただ何事かを期待するような、訴えるような目で私を見詰めている。煙草は吸っていなかった。
 「来てくれないかと思っていたわ。」
 私は言った。彼女はそれには何も返さなかった。
 どうしようか、迷った。
 それから、決心して、トランクを置くと近寄り彼女を抱き締めた。日は既に昇っていて触れる肌と肌は蒸し暑さを感じたけれど、彼女とのそれは苦にならなかった。私たちはそうやってしばらく抱き合っていた。私は両腕で、彼女はその片方の腕で。
 それから彼女の方から体を放した。そして、こう言った。
 「ありがと。」
 にっこりと笑って。
 だから私も微笑みながら、こう返した、
 「こちらこそ、ありがとう。」
 そして私たちは分かれた。私は階段を降りて桟橋に出る。既に来た時と同じ男が船の用意をしてくれていて、私のトランクを船に乗せてくれた。それから手を差し出してくれたので、その手を掴みながら私も船に乗った。
 船から一度建物を見上げた。すると玄関の横に彼女は居てくれて、その先の無い二の腕を振ってくれた。私も右手を振り返した。
 男が漕ぎ初め、船が孤島から遠ざかって行った。
 途中、男は何も言わずに黙々と漕ぎ続けた。相変わらず汗でびっしょりとハンチング帽とシャツとを濡らしていた。私は冷たい海に手を付けたり遠くで小さくなる島を見たりしていた。
 そして、夏の日差しを見上げながら、日傘が無いと肌が焼けて大変だわ、と思った。深い、深い後悔を思いながら。
作品名:孤島 作家名:ボンベイサファイア