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生物は温かい。

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斎が私を撫でなくなったのはいつからだろう。

それ以外はなに一つ変わっていないのだけど…。





斎は爽やかな好青年だ。
斎には「爽やか」という言葉がよく似合う。
しなやかな動物みたいに、でも決して野蛮ではなくて、賢く綺麗な猟犬みたいな体をしている。
一見呑気な飼い犬の様に見えて、実際はでも全然違って、とても強い確固たる意思を持っている。

斎はよく笑う。
笑うと、小さなえくぼが二つ頬に浮かぶ。
私はそこにキスするのが好きだ。

斎はフリスビーを投げるのがとても上手い。
斎はふわりとフリスビーを飛ばす。
私が取りやすい様に、でも出来るだけ大きく綺麗に。

私たちはよく二人で公園に行く。
それは決まって休日で、(なぜなら私たちは一般的な平日働く職種だから。私は小さな洋裁屋のしがないスタッフで、斎はどこかの工場で作られたよくわからない小さな部品を売り歩くサラリーマンだ。)それは決まって晴れている。
私たちは私が持ってきたたいして美味しくもない弁当や、斎がそこらのパン屋で買ってきたサンドウィッチを食べる。
そこにはいつも平和な親子だとか呑気そうなカップルだとか運動をする老人だとかがいる。
必然で、柔らかい日々。

斎はいつも通り均等に優しく、平和に甘やかし、眠たくなるようなキスをする。
いたずらっぽく微笑んで、抱き締めあって二人眠る。


…でも、斎は私を撫でない。
私はそれを酷く奇妙に思い、それでいてごく当然のことのように思う。

多分私たちはきっと平和すぎたのだ。
例えば斎は多分私が井上君と寝たことを知らない。
そしておそらく私はその何倍も斎のことを知らない。
あんな四六時中いて、結局愛したオトコのことを欠片も知らない。

だからもっと欲しくて、もっと欲しくて、私は彼にしがみつく。
強く、きっちりと。


だから私は斎が知らないオンナの人を抱き上げて走っていったときも、びっくりして、でも怖くはなかった。

おそらく斎は私を捨てられない。
今まで通りひたすら優しく、平和に、爽やかに私を甘やかし続ける。

そのことは公園がいつも晴れていて平和であるのと同じくらいに、必然的な気がする。

でも、それでもやっぱり、斎はもう決して頭を撫でてはくれないだろう。

不思議なことに、それも結局必然なのだ。



作品名:生物は温かい。 作家名:川口暁