幻惑ラプンツェル
「もし、そこな貴方。旅の御方?」
ふと、頭上から鈴のような声が降ってきた。
何かに促されるようにノリスは仰ぐ。
塔の上から、長い金髪を垂らした女がこちらを見ていた。
「ラプンツェル……」
遠目にもわかる。
こんな山奥にこれほど美しい女性がいるとは思わなかった。
「あら、わたくしをご存知なのね」
ラプンツェルはどうぞ昇ってらして、と絹のような縄を垂らした。
昇った先で、ノリスは歓迎を受けた。
こんな高い塔のどこに保存する場所があるのか、というほどに次々に運ばれる料理や酒の数々。
訊ねると、ラプンツェルは朗らかに笑った。
「村の人が、毎晩持ってきてくださるの。だから、いつもここは新鮮ですわ」
「外の世界を見たいとは思わないのか」
出されたものには手をつけず、ノリスは問う。
あんな湧き水を見たあとじゃ、口にする気がしない。
ラプンツェルは、どうして?と小首を傾げた。
「だってここはとっても居心地が良いのです。外に出る理由がわかりませんわ」
「きみは虐げられているんだぞ」
「変な御方。そうは思いませんわ、わたくし」
ほほほ、と笑う様子は姫のようだ。
傅かれて、外を知らない姫君。
いや、この国の姫君とてこんなにおしとやかで世間知らずではない。上品で美しいのは同じだが、こないだ首都のパレードで見かけた姫君は、馬を乗り回す果敢な娘だった。
走ることさえ知らない女性はこのラプンツェルくらいなものだろう。
「……とにかく、きみはここを出るんだ」
再度、ノリスは強く言う。
部屋の中央に置かれたふかふかすぎるベッドを、直視できない。
立ち上がり、促すようにノリスは彼女に手を差し伸べる。
そうだ、帰りがけにあの聖水とやらを採取するのを忘れないようにしなければ。
あれを国に売りつければ、一儲けできそうだ。この村の悪事も告訴できるし、一石二鳥というものである。それで、この女は自分のところにしばらく置いておけばいい。
そう考えていた矢先。
「ねえ、ゆっくりしていってくださいな」
ラプンツェルが、いきなり接吻けてきた。
甘い芳香が脳髄を痺れさせる。
「な、に……」
もつれるようにベッドに押し倒される。
「わたくしのできることって、これくらいしかありませんの。ねえ、愉しんで行ってくださいませ」
「いや、外へ……」
「わたくしの方が、外の世界よりずっと、貴方を愉しませることができましてよ」
胸元に手を導かれる。
絹のような肌触りだった。
くらくらする。
「もう、こんな風になってしまって……」
くすりとラプンツェルが嗤った。
「正直な御方。今、わたくしが楽にしてさしあげますわ」
ぞわりと抗いがたい感覚が全身に走る。ノリスは理性を手放し、気づけば己の赴くままにラプンツェルを貪っていた。
その夜。
ぐったりと眠るノリスをベッドに残し、ラプンツェルは村の男のために髪を垂らした。
「なんだ、迷い人か」
今夜の男はキスの嬉しい男だ。ラプンツェルは嬉しそうに男に抱きつきながら、そうなの、と微笑む。
「だから、ちょっとお相手してさしあげましたの、わたくし」
「気持ちよさそうに寝てらあ」
「処分するのでしょう?」
ラプンツェルは事も無げに言う。そのことに背筋を震えさせつつも、男は頷いた。
「そうだな。可哀相だが村の掟だ」
「じゃあ、早く処分してきてくださいな」
ラプンツェルを抱き寄せようとしていた男をかわし、くすくすと笑う。
「後でじゃ、だめか?」
「いけません。処分しない限り、おあずけです。貴方だけじゃなく、村の皆さん、みーんな」
だから、さあ。
ラプンツェルに促されて、男は言われたとおりにノリスの処分に取り掛かる。
ロープで縛って、猿轡をかませて。
まるで彼女が男に魔法をかけているように。
「……早く、戻っていらしてね」
そうお願いするラプンツェルは、少女のように無垢な笑みを浮かべていた。