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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|72ページ/140ページ|

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「だから歌を歌います。それが私の気持ちを伝える一番いい方法だと思うからです。テンちゃん。来て」
 ハルの問いかけに応えるようにテンがいつものように召喚された。
 ハルとここまで行動を共にしてきたリン達はこの展開に笑みを浮かべた。これまでハルの歌でどれだけの者が救われてきたのかよく分かっているからである。
 一方で、そんなことなど知らない無血同盟の構成員達は、どうしてこのタイミングで歌うのか理解できず、更に野次が激しくなった。
 しかし、テンはいつもと変わらない様子で前奏を弾き始めた。地獄という荒んだ場所に澄んだ軽やかな音色が響き渡った。ハルと行動を共にしたリン達は、かつて初めてハルの歌を聴いた時は、この段階で魅了された。しかし無血同盟の構成員は全く表情を変えず、同じように野次を飛ばしている。リン達はその様子を不思議そうに眺めていた。それはマユやスワンも同じだった。
「地獄で音楽は貴重なはずなのに、どうして無反応なんだろうね」
「そうだな。無神経な俺でもテンの前奏を聴いたらなんかウキウキしたのにな」
「無神経……よく分かってるじゃない。考えられるのは、この人達……音楽に慣れているね。他に楽器を弾く人がいるかも」
「そっか。そう考えるのが妥当だな」
 マユには高い洞察力がある。しかし、リン達はそんな結論に至るはずもなく、大広間で変わらずに野次を飛ばしている無血同盟の構成員達に今にも殴りかかりそうな勢いだった。
「やばいよ。なんかリンちゃん達、喧嘩しそうな感じ」
「おいマジかよ。ハルちゃんの歌が……」
 そんな二人の心配をよそにハルの歌が始まった。

「私の愛しいあの方は軍人になって旅立った
 私の愛しいあの方は国のために旅立った

 どうして心優しいあなたが戦地にいくの?
 どうして虫も殺せぬあなたが人を殺せるの?
 いつも私は思ってた

 でも、いつも変わらぬ笑顔で
 私は絶対に死なないよ
 そのために私は何でもするから
 って言ってたっけ

 私との約束を守るため
 どんなにその笑顔を曇らせてきたのだろう
 どんなに心を殺してきたのだろう

 そんなことはつゆ知らず
 いつも私はあなたの生還を願ってた 

 生きるために人を殺す
 人を殺さねば自分が死ぬ

 そんな世界に誰がした
 菩薩を鬼に
 仏を悪魔に
 世界が恨みに包まれて
 光が消えていく世の中に
 誰がしたいと願うだろう

 だから私は誓います
 私は武器を捨て
 相手を愛で包みます

 相手を殺すのではなく
 相手に生きる理由を与えましょう。
 それが私の生きる道

 甘いって言われても仕方ない
 不可能だって言われても私は諦めない

 それしか私は生きていけないから
 それが私の生きる道だから」

 笠木は、ハルの歌を聴いて思わず涙をこぼした。ハルの高貴な人柄や自分が常々構成員に伝えていたことを見事に歌に込めて伝えてくれた。これぞハルだと思わずにはいられなかった。そして、かつて現世でハルのバイオリンを聴いて感動のあまりその場に崩れ落ちた時のことを、生々しく思い出していた。
 自分は地獄に墜ちた。しかしこの神々しい存在であるハルのために墜ちたのである。それがどれだけ光栄なことなのか改めて実感した。
 他の構成員も同じだった。テンによる前奏だけでは何とも思わなかった。しかしハルの歌は筆舌に尽くしがたい程の迫力があった。
 修羅地獄は罪人同士の戦争である。醜い争いこそこの地獄の苦しみである。弱気ものを虐げ、支配することで自分に対する責め苦が楽になる。人を傷つけてこそ生き残っていけるこの地獄で、武力放棄を正面切って訴えるこの歌は、いくらこれまで笠木が同じようなことを言っていたとはいえ、強力な説得力として皆の魂に突き刺さっていった。
 改めて愛を捧げる素晴らしさを実感した構成員達は、笠木と同じく涙を流し、ついには跪いてひれ伏した。中にはむせび泣く者も現れた。そして、野次が全くなくなってすすり泣く音しか聞こえなくなると、それをかきけすような声が飛び交った。しかし、それはハルを非難する声ではなかった。
「菩薩様だ……」
「そうだ菩薩様だ……」
「ゼウス様だ!」
 口々からハルの神々しさを讃える声が発せられた。それを頷きながら見つめる笠木。そしてほっと胸を撫で下ろすスワンとマユだった。
 歌が終わりテンが六芒星と共に帰って行った。それを見送るハル。その後、やっと周りを見渡す余裕ができたハルだが、自分の元にひれ伏している構成員を前に驚きを隠せなかった。
「私が菩薩と崇めるお方であることは諸君等も分かったことだろう。だから、これより、無血同盟のリーダーを私ではなく、このハル様に委譲しようと思う。異論ある者はいるか?」
 リンの呼びかけに、
「異議なし」
「異議なし」
「それでいい」
「賛成!」
 口々に賛成する旨の言葉が発せられた。それに困ったのはハルとマユだった。
「私がリーダーだって? そんなことできない」
「あの笠木さんさ、本人の了解なしでそれはないんじゃないの?」
「え? あ? まずかったですか?」
 思わぬ苦言に笠木はしどろどろになった。
「おおありよ。ハルはそんなタイプじゃないってば。みんな同じ仲間ってところから、いざというときにリーダーシップを発揮するんだから」
「いやしかし、ハル様をおいて他には……」
「何堅苦しいこと言ってるんだよ。折角だから引き受ければいいじゃないか」
「空気が読めない白鳥君は黙ってて。説明する気にもなれないよ」
「何だよ!」
 いつもにましてきつい言い方にスワンはムッとした。
「ハル様だったら、我々を導いてくださるとばかり……」
「だからさ、ハルだけがリーダーということじゃなくてさ、私とか白鳥君一緒にリーダーになるというのはどう? 勿論笠木さんもリーダーの一人としていてもらう。みんなでリーダーになるんだったらハルも引き受けやすいじゃないかな?」
「うん。それならいい。みんなで盛り上げようということなら……」
「俺もリーダーか! 何かかっこいいな」
「なるほど……それならいいですね。しかし、船頭多くして船山に上るということになりませんか?」
「それは大丈夫。なんだかんだ言っても最後にはハルの考えにみんな従うんだから。今までそうだったしね」
「おう。それは俺も保証する。ハルちゃんの考えって俺と全く違うんだよな。でもハルちゃんの考えに間違いはないって俺分かったから従うよ。他の奴もそうなるんじゃないかな? 笠木さんがハルちゃんを菩薩だって思ってるんだったら、俺等のようにハルちゃんの意見に従うみたいな流れでもいいんだろ?」
「それもそうですね。皆さんがそう仰るのならそれでいいかもしれませんね。しかし、実際組織を動かしてみないことには分かりませんけどね。これから次第でしょうか」
「そんな難しく考えるなって。なるようにしかならないんだから、悩んでもしょうがないと思うよ」
「リーダーと言っても何をするんでしょうか?」
「それはこれからご説明させていただきますよ。とりあえずは、ここに集まっている者達を解散させますね」