天上万華鏡 ~地獄編~
ハルがジブリールか否か。それを確かめるためにハルの歌を待って数ヶ月。まだ二人の前でハルは歌っていない。
「スワンの十八番、掌から錦鯉だ! 更にそれをバイクに変形。実に器用だ。スワンの能力は実に応用力に富んでいると言えるでしょう。しかし何故に錦鯉? その謎は未だ誰も解くことができません!」
「久々に実況入ったと思ったら、また錦鯉かよ……いい加減へこむ……」
「スワン君、私は錦鯉好きだよ。かわいいもん」
ハルの言葉は、スワンを励まそうとしたものだった。しかし、見当違いの励ましに一同、何も言えなかった。
「ああ……ありがとう」
「よかった。がんばってね」
「スワンが錦鯉バイクではぐれている罪人達を拾いに飛び立つ模様です。スワンが救い出す罪人は、私が確認しているだけでも十五人。その中でも八人は階段より転落して木っ端微塵になったり、天使により痛めつけられたりして再起不能になっています。再生に一時間程度必要になることでしょう。これらの罪人を全て救い出すことができるのでしょうか?」
カムリーナは、スワンの力を計るために、敢えてはぐれている罪人の数を提示した。この情報はスワンにとって有益なものだったが、それは十等兵達も同様である。
インドラからある意味認められた存在の首をとることができれば、それは大きな手柄になる。
国防省の軍人にとって、初任者研修といえども出世争いの一部になっている。早く手柄をあげて、出世したいという野心は当然ある。カムリーナの実況により、十等兵達は皆スワンの行動を阻止するために動くことになった。
スワンは、錦鯉の胸びれが変形したハンドルを手にすると、颯爽と跨ぎ、
「それじゃ、行ってくるね」
と言いながら、中央の吹き抜け部分に飛び込むと勢いよく降りていった。
「おお、スワン君凄い……」
ハルは、スワンが降りていった吹き抜けをのぞき込むと、しみじみと呟いた。
「もう見えなくなってる……魚なのに凄い」
ハルの後から覗きこんだマユも同様の言葉を呟いた。
「錦鯉バイクで勢いよく降りてきたスワンですが、早速陸軍十等兵から狙われた! 数十人の陸軍十等兵がスワン目がけて一斉に弓矢を放った! インドラの矢を防いだ錦鯉結界をはる余裕はないようだ。高速で駆け下りることでどうにか防いでいるが時間の問題だ!」
「ひぇぇぇぇ!」
何故かスワンの叫び声がスピーカーを通して響き渡った。どうやら、スワンの側にあるモニターからスワンの声を拾って、スピーカーから流しているようである。カムリーナは、スワンと天使との遣り取りがこの場の中心になるとみて、スワンにクローズアップしたのである。
「錦鯉のにいちゃん大丈夫かよ……」
ハル達と一緒に待機している罪人達はスワンの窮地を知り、ざわめいてきた。
「スワン君のことだから大丈夫です。安心してください」
ハルは、皆を安心させるため、必死に説明した。
「そうだよね。白鳥君のことだからどうにかするんじゃないかなぁ。というかみんな休憩しようよ。毎日走ってばかりで疲れたでしょ?」
マユはここぞとばかり寝そべってリラックスした。
「マユちゃんは安心しすぎだよースワン君が頑張っているんだからー」
ハルはやんわりと抗議したが、体を起こすことなく、上半身をひねってハルに体を向けただけだった。
「どうせ、今私達にやれることって何もないじゃん。今のうちに休んでおかないと、もしもの時に動けないよ。ハルってば真面目すぎ」
マユの様子にスワンのことを心配していた罪人達も緊張を解いた。スワンの事を信じ切っているマユに影響されてのことだった。罪人達は、各々体を休めながらスワンを見守ることになった。
「きぇぇぇぇ! どうして弓矢なんだよ! 今時弓矢かよ!」
スワンの叫びがバベルの塔中に響き渡った。
「ほらね。どうでもいいところに突っ込む余裕あるでしょ? 大丈夫だって」
「もうこうなったら、スワン君を信じるしかないよね」
見守ることしかできないもどかしさで、いてもたってもいられないハルだったが、スワンを信じ腹をくくることにした。
「陸軍十等兵達による怒濤の弓矢をスワンはかろうじてかわしている。しかし、スワンに余裕はない。射落とされるのも時間の問題か!」
「くそーこうなったら振り切ってやる!」
スワンはカムリーナの実況に触発されたのか、スピードを更に上げて、ほぼ垂直に降りていった。陸軍十等兵達は、壁際からスワン目がけて弓矢を放っている。スワンのスピードが速すぎて、一切命中しなかった。
「よし、このまま逃げ切ってやる!」
スワンはうまく弓矢をよけきっていることで、心に余裕が出てきた。しかし、安心も束の間。新たな敵が待ち構えていた。
「超スピードで弓矢をかわすスワンですが、進行方向に待ち構えていたのは、空軍十等兵だ! 空軍は天使の翼を最大限に生かして、空中飛行による攻撃を行うことで有名です。飛行訓練を兼ねてバベルの塔に参入だ!」
スワンの行く手には、空軍十等兵二十人。静かに羽ばたいたままじっとスワンを見上げている。
「邪魔だ邪魔だ! そんなところに突っ立ってたら怪我するぜ」
ただ立っているだけの空軍十等兵に強気で挑発したスワンだったが、次の瞬間、空軍十等兵達は皆スワンにバズーカー砲を構えた。
「うおぁぁぁぁ! 怪我するのは俺じゃねぇか!」
一斉にバズーカー砲が放たれた。横からは弓矢、進行方向からはバズーカー砲。危機的な状況にスワンはただ叫ぶしかなかった。
「スワン、絶体絶命だ! 仮にバズーカー砲を避けたとしても、空軍十等兵の側を通り抜けなければなりません。すれ違いざまに攻撃されたらおしまいです。スワンはどのようにしのぐのでしょうか」
「きょぇぇぇぇ!」
スワンは、奇声をあげながら突進していった。
「絶体絶命のスワン。しかし、スワンの頭上から何か得体の知れない物体が落下している。これは、誰によるものでしょうか? スワンにとって吉と出るか、凶と出るか」
スワンは、空軍十等兵のバズーカーをなんとか避けた後、カムリーナの実況を受けて頭上に目を向けた。確かに何かが降ってくる。それが何なのか分からないが、自分に命中するとダメージを受けると判断し、錦鯉バイクのスピードを緩め、落下物に備えた。
一方空軍十等兵達は、バズーカー砲が避けられたと知るや否や、懐の刀を抜いて、スワンとの接近戦に備えた。
「さあ来い罪人よ。天使相手に命拾いするなどあり得る話ではない。陸軍の腑抜けどもと同じと考えるな」
一難去ってまた一難。バズーカー砲が命中することはなくなったが、空軍十等兵から斬りつけられる危険が迫っていた。上からは得体の知れない落下物。左右からは陸軍十等兵からの弓矢。八方塞がりで更に追い詰められた。
「もう終わりだ……俺一人ではここまでか……」
逃げ場のない状況にスワンは半ば諦めかけていた。どうせ終わりなのだったら、玉砕しようと思い、空軍十等兵に突進することにした。
「スワンの頭上から落下している物体の正体が分かりました。数百名の天使だ。制服から検察官だと思われます。どうして大人数の検察官が落下しているのでしょうか? 謎は深まるばかりです」
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ