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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 慌てながらマユを諫めようとするスワンだったが、スワンの恐れは杞憂だった。インドラが顔色一つ変えず、マユの問いに答えたからである。
「貴様等虫けらにそんな配慮をする必要は微塵もない。気が向いたから来た。ただそれだけのことだ」
 虫けらに対して何も感情をもたない。それ故にマユが煽るような発言をしてもインドラは怒りの感情を欠片ももたなかったのである。
「虫けら……」
 ハルが漏らした言葉をスワンは神妙な面持ちで聞いた。ハルにとってその言葉は幾度となく天使から言い聞かされ、その度に自己否定の刃で傷つけられたものである。ハルの悲しそうの横顔を眺めながらスワンは静かに決意を固めた。
「本当に虫けらかどうか試してみろよ! 気が向いたからだと? 俺たちの前に現れたことを後悔させてやる!」
「駄目! スワン君」
 ハルの制止を振り切って、スワンは戦闘態勢を整えようとした。
「出でよ龍」
 結界の時と同様に右掌に六芒星が描かれ、そこから四匹の錦鯉が現れた。
「俺等は虫けらじゃない! 天使は傲慢だな。そんなことばかり言っていたらいつか足下をすくわれるぞ。幕僚長だと? そんなこと知ったことか!」
 ハラハラしながら様子を見守るハル。一方、マユは、静かに腕を組みながら微笑んでいた。
「ならば、バベルの塔を攻略してみるがいい。いくら私に吠えようとも、罪人は罪人。私と戦う資格すらないのだ。それに……」
「それに?」
「貴様は、この二人を守るために私に刃向かったのであろうが、その思慮に欠ける言動で逆に窮地に追い込まれる可能性があったことをどう思う?」
「…………」
「何も言えまい。それこそが、虫けらの発想だと言うのだ。私が虫けらと貴様等を評したごときで、激昂するなんぞ虫けらを通り越してカスの所業。覚えておけ」
 ハルの心中を察してあえてとった言動。自分の本心とは逆の言動。言い訳をすればいくらでもできる。しかし、まさにインドラの言う通りだっただけに、何も言い返すことができなかった。
「でもさー虫けらじゃないのに、黙っておくのもしゃくにさわるし、いいんじゃない? 私は守られているって気持ちじゃないし、白鳥君が背負うことでもないと思うよ。ねぇハル」
「うん……でも、戦いは……そういうのなしでいけないかなぁ……」
「ああそっか。ハルは争いごと嫌いだったね。放っておいたら、私を傷つけていいから、他の人は助けてください。とか言いそうだよね」
「おいおい、せっかく俺がかっこいいところ見せようとしたのに、そういう言い方されたら台無しじゃないか」
 一気に緊張が解け、場が緩んだ。しかし、インドラによる致命的な攻撃がいつ降り注ぐか分からない状況には変わりない。それが分かっていながら、三人はこれまで以上にリラックスした。この違和感を一番感じていたのはインドラ自身だった。この三人はどこまで無謀なことができるのか。それとも救いがたい阿呆なのか。
 これまでインドラの前では天使さえも皆、恐れおののき、口答えはおろか、何も言葉を発することができない存在ばかりだった。罪人だったら尚のことである。しかしこの三人は、躊躇せず自分の意志を通そうとする。やはり、この三人はどこか違う。更に興味を深めることになった。
「貴様等……名を何という?」
「名前を聞くときは自分から名乗らなくちゃ」
「マユちゃん!」
「何よ〜そうじゃない! 何か間違ったこと言った?」
 相変わらず自分とインドラとを対等に見るマユに、ハルは冷や冷やしながらインドラの方を見つめた。インドラは気分を害したという感じはなく、むしろ笑みをこぼしながら二人のやりとりを眺めていた。
「承知した。私から名乗ろう」
 すると、インドラの右側に金色に輝く火柱が立った。その火柱は天使が自分の身分を明らかにするために出すものだったが、他の天使のそれとは違い、獅子の模様が散りばめられていた。幕僚長としての格の高さがそこに表れたのかもしれない。
「私は、国防省空軍幕僚長、シローウィン・ゲッヘザルト……別名、インドラである」
 天使には特定の役職に就くと、その特色に応じた称号が付与される。そしてその称号に見合う力や姿を獲得することになる。裁判官のカロルには閻魔天という称号を、空軍幕僚長のシローウィンにはインドラという称号を。シローウィンの体が大きいのも、インドラの称号を得たからに過ぎない。元々は二メートル弱の身長しかない。
「シローウィン……」
 インドラが名前だと思っていたスワンは思わず言葉を漏らした。
「貴様等は?」
「俺はスワン・ソング……堕天使だ」
「私は、マユ……カードを持たない占い師だ」
「え? 私? 私はハルです……歌うのが好きです……」
 三人がそれぞれ自己紹介すると、何とも奇っ怪な肩書きに思わず吹き出したインドラ。それを見たマユは頬を膨らませながら抗議した。
「なぬーー! シローウィンが名前を聞いたんじゃないか! 笑うなんて失礼だぞ!」
「マユちゃん……」
 マユの暴挙とも言える発言に、狼狽えるハル。そして相変わらずその言葉に激昂せずに平然と受け止めるインドラだった。
 インドラにとって自分を畏れずにいる人物は貴重だった。だからその興味が先立ち、無礼なことをされているという発想まで至らなかった。ましてやマユの言っていることは間違っていない。尚更マユに怒りの感情を喚起する理由が見つからなかった。
 マユとインドラとの奇妙な意思疎通が成立し、問題なく話が終わろうとしていたところだったが、それを見逃さない者がいた。
「これはとんでもない発言だ。占い師マユ、インドラ様の本名……シローウィンの名を呼び捨てにしながら叫んだ! 失礼なのはどちらだ。無礼者はお前の方だ! と幾億の天使が罵詈雑言を投げつける様が目に浮かぶようだ!」
 カムリーナの容赦ないアナウンスにマユは更に怒りをあらわにした。
「さっきからうるさいぞ、報道官! 邪魔ばかりして」
「おぅ……叱られてしまいました……こんなこと初めての経験です。罪人にそんな物言いをされたら、屈辱にその顔を歪めるのが通常でしょうが、何故か心が晴れやかになるのを感じます。そんな気分になった私は報道官失格でしょうか。いや、そんなことはどうでもいいことです。少なくともマユのキャッチはここに決定した。「毒舌家」これぞマユを言い表す言葉だ」
「むきーー!! 毒舌家だとぉぉぉ!!」
 怒りのボルテージを更に高めるマユだったが、残りの者達は、マユの激しい剣幕に呆れて口をつぐんでいた。
「こいつ……何でもありだな……」
 と、スワンが思わず呟くと同時に、インドラは上昇を始め、その場を立ち去ろうとしていた。
「スワン・ソング……マユ……ハル……貴様等の名前覚えておこう。そして貴様等がこの地獄をどのように立ち振る舞い、足跡を残すか見届けよう。そしてスワン・ソング……」
「はい?」
「地獄を抜けた暁には、正式に相手をしてやろう。お互い手加減なしでな」
「はい! その時は是非!」