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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「お前……馬鹿か? そんなことして一体お前に何の得が……」
「得なんてどうだっていいんです! もう……もう誰も死んでほしくないんです!! だから歌います! 圧縮が終わった一週間、休みなく歌い続けます! 駄目ですか? 私の歌では無理ですか?」
 皆黙り込んでしまった。自分のために必死になっている。貴重な一週間全てを犠牲にしてまでも自分を助けようとしている。自分を励ます存在がいる。自分が頑張ることを一緒に喜んでくれる存在がいる。これは、罪人達に経験したことのないものだった。だからハルの真意が本当にそこにあるのか、ずっと考えていた。そんな迷いを断ち切るかのように、ハルは歌い始めた。
 再度召喚されるテン。ハルの思いに呼応しながらテンは演奏を始めた。眉間にしわを寄せながら考え続けている罪人達を尻目に、ハルは歌い続けた。休憩せずに歌い続けた。そして……四日経った。
 流石に四日連続で歌い続けると疲労が蓄積してきた。しかし、歌声そのものは安定しており、いつまでも澄んだ声を響かせていた。
 ずっと口を閉じていたマユが我慢できずに、絞り出すような声をあげた
「もう……ハル……やめて……もうすぐ圧縮が始まる。早く体を休めないと……」
 しかしハルは「圧縮が始まる」という言葉を聞いて、更に歌に力を込めた。早く罪人を納得させないと消滅しようとする者が現れるだろう。圧縮が始まる前に生きる希望を与えないといけないと思ったからである。
 それに気付いた罪人の一人は、我慢できずに大声で叫んだ。
「もうやめてくれ! もう俺は大丈夫だ。もう消えない。もう十分お前の気持ちは伝わった。だからやめてくれ」
 思いも寄らぬ罪人の言葉にハルは思わず歌をやめてしまった。
「そうだ……俺も大丈夫だ。だから体を休めてくれ……お前が壊れてしまったら……その方が耐えられない」
 頷く一同。誰も口には出さないが、皆ハルのために消滅しないと誓ったのだった。マユは、奇跡を目の当たりにして静かに微笑んだ。自分が三百年かけて至った結論。それとは真逆の展開を見せていた。でもマユはそれを心から喜ぶことができた。これは明らかにハルからの影響だった。
「本当ですか? やったぁ!」
 心の底から喜ぶハル。それを見た罪人達も心の底から嬉しくなった。人から愛され、人を愛す。愛情のキャッチボールが地獄の底辺にありながら実現した。圧縮という地獄を目の前にして、皆幸せに包まれていた。
「もうすぐ圧縮か! 耐えてやろうじゃねーか!」
「おうよ! それが男の意地ってもんよ! 一度口にした事はぜってぇ守るってな!」
 どっと笑いが起こった。皆、瞳に生気が宿った。絶望に苛まれた死んだ目ではない。圧縮が終わった先には、苦難を乗り越えた喜びを分かち合える仲間が待っている。最初ハルがマユに対して抱いた希望と同じものが他の罪人たちにももつことができたのである。
 暫くすると、またあのアナウンスが聞こえてきた。
「ここは、圧縮地獄二五七号室である。これより圧縮を開始する。圧縮が完了するまで三十分、圧縮維持に一年、圧縮から解放され、体の復元に約一時間。合計一年と一時間三十分激痛に耐えよ」
 しかし、前回とは全く状況が変わっていた。
「望むところだ。耐えきってやるぞ。そしてあいつの歌を聴くんだ!」
「はは歌をせがみすぎて、無茶させるなよ」
「おいお前等! ぜってぇ消滅するなよ。ぜってぇ耐え抜けよ!」
「あたりめぇよ! こいつの心意気に水を差すようなことはしないよ! なぁ?」
「おうよ!」
 これらの言葉を聞いたハルは、涙を流して喜んだ。
「皆さん……」
 罪人であっても心を込めて話せば分かってくれる。自分が存在する意味はあったのだ。そう考えるといつまで経っても涙が止まらなかった。その涙を見て罪人達は更に自らが存在する意味を再確認することになった。
「圧縮をスタートする。激痛に耐え、解放される時を待て」
 いよいよ圧縮が始まるのだ。罪人達は、緊張した面持ちで壁を見つめつつも、それを乗り越えてやろうという覚悟は揺らがなかった。
「来るなら来てみろ!」
「俺にはもう怖いもんなんてないんだ!」
「そうだ!」
 次第に近づいてくる壁。皆中央に寄せられ、いよいよ体が砕かれると思った瞬間……壁が止まった。同時に壁が倒れ、見たことのない豪華な部屋が現れた。
 状況がまったくつかめない罪人達。きょとんとして身動きがとれずにいた。
 そんな中、天使の声が響いてきた。
「汝等は、極限の状況にありながら、人を愛し、人を気遣うことができた。汝等の魂は浄化され、既に圧縮地獄に留まるべき穢れた魂ではなくなったのだ。それ故に、汝等全員に圧縮地獄二五七号室からの退室を命じる。汝等すべからく前に歩み出よ」
 歓声に沸く罪人達。目の前には圧縮地獄の出口を示す大きな扉があった。罪人達は我先にその扉に駆け寄った……のではない。喜びを共有した仲間を蹴落としても前に出ようなんて思うことができなかったのである。
 ゆっくりと、しかし、しっかりと歩くその足は、自信に満ちあふれていた。
 五十余名全員退室を命じられた。しかし、扉に向かおうとしない罪人がいた。