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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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プロローグ



 「転生管理局局長ラファエル執務室」と書かれた扉の前に、翼の折れた天使が一人佇んでいた。罪を犯した天使は、任命権者である所属官庁の局長が取り調べを行い、処分を下すことになっている。この天使もまた、そのために呼ばれたのである。
 処分が言い渡されるため、絶望の淵に立っているはずの天使は、怯える様子もなく、平然としていた。むしろ笑みを浮かべているようでもある。翼の折れた天使を連行するために脇を固めている天使二人は、その姿を不思議そうに眺めていた。
 程なくして、扉の奥から声が聞こえてきた。
「元自殺対策課参事、龍神、ベリー・コロン、入り給え」
 涼しくとも突き刺さるような、何とも不思議な声が耳に届いたかと思うまもなく、目の前の扉がゆっくりと開いていった。
 ラファエルの執務室は、四十畳程の広さで、壁一面が書棚になっていた。しかし、書棚といっても、収められているのはCDのような円形のディスクであった。
 正面には、木製の格調高い彫刻が施されている机があり、そこにラファエルが腰掛けていた。ラファエルは、立つと2メートルを超そうかというような長身であり、髪もまた、肩に掛かる程の長さだった。色は銀で、部屋を照らす光を美しく反射していた。その表情は一見無表情に思える程のものだったが、その瞳は全てのものを見通してしまうかのような鋭さがあった。
 ラファエルは、ベリーを一瞥すると、手にした書類に目を通した。
「ベリー・コロン、汝は、天使であるにもかかわらず、罪を犯した自殺者をかばい立て、現世の秩序を乱したことに相違ないか?」
 ベリーは、思わずため息を漏らした。局長といえども、その程度の器かと思わずにはいられなかったからである。
「局長! あなたには失望しました。彼女が罪を犯す羽目になった事情をお分かりになっていない!」
 ベリーは毅然として、ラファエルに反論した。
「どんな理由があろうとも、罪は罪だ。違うかね?」
 ラファエルは不敵に微笑みながらベリーを挑発した。
「彼女は、囚われた貧しき霊達を解放すべく苦渋の決断をしたのだ! 結果、罪を犯すことになろうことも覚悟して……ならば聞くが、法に縛られ、目の前にいる苦しんだ者達を放置しておくことが正義なのか! 局長もそれが正義だと言うのか!」
息を荒げるベリーに比べ、更に笑みをこぼすラファエルは、更に言葉を続けた。
「口を慎み給え、ベリー・コロン。汝は、「正義」をはき違えている」
「何だと!」
「自分が正しいと思う道を、いかなる時も貫き通すのが「正義」である。たとえ、自分をとりまく全ての者がそれを否としてもである。たとえ、いかなる苦境に立たされてもである。一片の迷いも持たず、全てを受け入れるだけである」
「…………」
「だとしたら、どうして、自らの正義を振りかざし、主張する必要があるのかね」「…………」
「汝は、私が下すであろう処分を、眉一つ動かさずに受け入れる覚悟はあるのか?」
「……あります」
 ベリーはラファエルの言うことがもっともだと思わされたと同時に、異様な迫力に圧され、口をつぐんでしまった。
「ベリー・コロン、汝の覚悟に敬意を払い、あと数分、私との会談を延長する権利を与えよう」
「拒否します。早く私に処分を」
 ベリーは早々に立ち去りたかった。ラファエルの前にいると、確固たる自分が引き裂かれるような恐怖を感じたからである。
「汝は、その女に恋心を抱いておろう?」
 この言葉を聞いたベリーは、かっと目を見開き、ラファエルを睨んだ。
「その恋心故、彼女と同じ道を歩んだ……とも言える」
「何が言いたいんです!」
「はっきり言おう。汝には荷が重い」
「何!」
「私は、彼女が自殺し、その後、罪を犯すであろうことは知っていた。私だけではない。彼女自身もである」
「……え?」
「自殺は罪である。それを分かっていながら、自殺をするという人生を選んで生まれ変わった。その後、貧しい霊をかばって罪を重ねることも当然分かっていた。全て分かった上で生まれ変わったのである」
「……どうしてそんなことを……わざわざ罪を犯す人生を選ぶなんて……」
「地獄の者達全てを救うため。そのために自らが罪人として……それが彼女の正義である。汝の想像を遙かに超える計画だろ?」
「そんな……」
「図らずも、汝も彼女に魅せられ、この計画に首を突っ込んだ。その心意気に免じて、想像を絶する苦難の道であるが、彼女に寄り添い歩いていけるように計らってやろう。それとも拒否するか?」
 ベリーに迷いはなかった。むしろこれこそが自らの歩く道だと確信した。
「……いいえ、異論ありません」
 ラファエルは、ベリーの意志を確認すると、にっこりと微笑んで、机の中からワンドを取りだした。
「よろしい。では、ベリー・コロン。汝の処分を言い渡す。二等転生管理官、元自殺対策課参事、龍神、ベリー・コロン。汝を懲戒免職に処す。併せて、地獄行きを命ずる」
 ベリーの足下に大きな六芒星が現れ、眩い光がベリーの体を覆った。地獄に更迭される前兆である。地獄に堕ちる寸前に立たされているにもかかわらず、ベリーは穏やかな笑顔でラファエルを見つめた。むしろ満足そうでもある。
「ラファエル様……ありがとうございました」
 ベリーは、深々と頭を下げた。
「ベリー・コロン君……健闘を祈る」
 遂に、天使が地獄に堕とされた。
 この天使がしきりに口にした「彼女」とは、自殺という重罪を犯した上に、死後も罪を重ねて地獄に堕とされた女のことを指す。
 地獄とは夢や希望を一切もつことが許されず、ただ絶望にうちひしがれながら、あらゆる苦痛に耐えなければならない過酷な場所。そこで、天使すらも驚愕する奇跡が起こった。
 この物語は、その奇跡を世に知らしめるために存在するのである。