人形
2.そして私達はどうなるのかしら~捨てられる~
『どウシて捨テたノ?』
暗闇に鈴を転がすような声が響く。
ぼんやりと浮かび上がるのは、まだ美しい姿を保ったままの人形、セフィレール。
真っ白な雪を思わせるその服は穢れを知らないかのように、まるで光を放っているかのように見える。
痛々しく見せるのは、絡まり合ってしまった栗色の柔らかな髪の毛。
ただ、それだけ。
梳かせばすぐにもとの通り、美しい髪の毛に戻るだろう。
その、美しい身体から立ち上るのは怒りや憎しみといった、負の念。
美しいままの、ただ髪の毛が絡まり合ってしまっただけの自身を捨てた、人間への恨みだった。
『壊レチャッタカラ駄目ナンデショ』
どこか空虚な声が響く。
薄汚れ、片腕が取れてしまったマネキン人形が浮かび上がった。
空虚な目線を何も無い空間に彷徨わせ、ただぼんやりと立っている、エイリース。
元はとても大きな洋裁店で綺麗な服を着せてもらっていた。
それなのに、一回の不注意で取れてしまった腕を見た店長は、捨ててしまった。
直そうとも、しなかった。
虚無感を漂わせて、虚ろな目を前に注ぎ続けるその姿は、哀しい。
薄汚れてはいるものの、一目見て上物だと分かる服が、余計に哀しさを際立たせているようだった。
『最後まで作って―愛して―欲しかった』
花が、散った。
散る花弁の中に黒い服を身に纏ったシターリアの姿が見える。
黒い服は身を隠し、不自然なところを覆い隠してしまっている。
しかしその腰の辺りは、他の人形達と比べやけに細く、なっている。
完成品として作られなかったその悲しみからか、シターリアの顔には笑みはなく、しかし無表情でもなく。
Melancholic(メランコリック:欝的な)な悲しみを湛えていた。
二体の人形と違い、ただ作って―愛して―欲しいと願うその心はどこまでも真っ直ぐで、澄み切っている。
黒いスカートが、何処からか吹いてきた風に揺られた。
『ねぇピアノパパ、起きて?カンタレーラも、早く』
場違いに明るく、可愛らしい声がその場に響いた。
いつの間に起き上がっていたのだろう、コロンビーナがゆらゆらと小さく揺れてリズムを取りながら倒れたままの男とカンタレラに話しかけていたのだ。
それに反応するように、男とカンタレラの手が上に持ち上がる。
しなやかに立ち上がる男。
吊られたようなぎこちないカンタレラ。
全く正反対の二体だったが、その手には色違いの大きな布が握られていた。
動きも無くその場に立ち尽くすセフィレール・エイリース・シターリアの三体。
コロンビーナの手にも大きな薄い布が握られていた。
思い思いの姿で立ち尽くしている三体に、それぞれ歩み寄る。
セフィレールにはコロンビーナが。
エイリースにはカンタレラが。
そしてシターリアには男が。
ふわり、と覆い隠すように大きな布で三人を包んでしまった。
姿を隠すように、声を隠すように、目を隠すように、動きを隠すように、傷を隠すように。
それが何の傷なのか、何の意味があるのかは、恐らくは男にしかわからないだろう。
「さぁ、直そうではないか」
やけにはっきりと、男の声が響いた…。
2:終幕