ラーメンばばあ
「マズイ!! マズすぎる! どう作ってもこんなにマズくは作れねえ!」そう絶叫した。きっと先輩は怒る。そう思って俺は身構えた。ところが、まったく俺のことを気にせず、ラーメンを食い続けている。
「お前、それで俺が驚くと思ったんだろ?」
「え、ええ。怒られるのかなと」
「俺、一言もここのラーメンを「おいしい」とは言ってないぞ」
「そうですけど。でも、まずくないですか?」
「まずいよ」
「え! そうなんですか。とてもおいしそうに食べてるように見えるんですけど」
先輩は汗だくで麺をすすり、スープを飲み、そして一気にラーメンを平らげた。
「早く食っちゃいたかったんだよ。お前にはおいしそうに見えたのかも知れないが、俺もおいしいとは思ってない」
「じゃあ、何でそんなに一生懸命食べてるんですか?」
「実は丼の底に、ホレ」
そう言って、空になった丼を見せた。そこには、
「原点回帰」という文言が書かれている。
「婆さんはその時々の客の様子を見て、その人にあった言葉を届けてくれるんだよ。どうだ、すごいだろ?」
どうやらこのサプライズを体感させたかったようだ。だが、もう一口も食べる気がない。
「さっき先輩は「言葉よりも語るもの」って言ったクセに、言葉じゃないですか。帰ります。ご馳走様でした」
引き止める先輩を置き去りにして店を出た。
「バカバカしい。30年間ラーメンだけで勝負してねえし。味で勝負しろよ」
後日談ではあるが、俺の丼には「素直になれ」と書かれていたそうだ。大きなお世話だ、ババア。