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ツカノアラシ@万恒河沙
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ぐらん・ぎにょーる

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くびをめしませ




首をめしませ、めしませ首を。首をめしませ、めしませ首を。
暗闇の中に響き渡る靴音。ここは、夜。薄暗く寂れた裏通りを黒い服を着た若い男がひとり歩いていた。男は細身の優男で、暗闇の中には、靴音だけが響いている。よる、ヨル、夜が来た。夜が更けていく。
首をめしませ、めしませ首を。首をめしませ、めしませ首を。
若い男は別に急いでいるわけでもなく、さりとて目的があって歩いているようでもないようであった。
首をめしませ、めしませ首を。首をめしませ、めしませ首を。
ふと若い男は歩く先に女が立っているのに気がつく。女は街灯の下に、ぽつねんと一人きりで立っていた。まるで、暗闇の舞台に彼女だけにスポットライトが当たっているのかのようである。街灯の明かりに照らされて『傀儡堂』と書かれた店の看板がぼんやりと見えている
女は『傀儡堂』と言う名前の店の横から入っていく小道の前で、人待ち顔で立っていた。誰かと待ち合わせだろうか。洋装をしたモダンガール風のなかなか断髪をした美人の女だった。勝気そうな顔に粋が漂っている。その前を男が通りかかる。女は男を見ると暗闇の中、靴を鳴らして駆け寄ってきた。その様子を男は不思議そうな顔をして見ている。どうやら、知り合いと言うわけではないらしい。
「ちょいと、兄さん。これから、どこへ行くつもりなのかしら」
歯切れの良い、いかにも女に似合った勝気そうな声。女の真っ赤な口紅が塗られた唇が動く。最新流行の服装が良く似合っていた。
「そっちに」
男は骨董屋の横の小道を指さした。女は顔に安堵の色を浮かべた。どうやら、彼女はこの道に行きたくても行けない理由でもあったらしい。
「ご一緒させてもらっても、よろしいかしら」
女の冗談めかした声色に、男は薄く笑った。どうやら、男にも女が何故この小道にひとりで入らずに見知らぬ男と一緒入ろうと思ったのか不思議そうに思ったらしい。
「おや姐さんは、この道が怖いんですか」
男は肩を竦ませる。女は予想外に若い男が端整な顔をしているのに気がついた。そして、男の仕立ての良い黒い服に、品の良さそうな態度を見て、どこかのおぼっちゃんかしらと女は値踏みした。
「だって、この道はここのところ首裂き魔が出ると言う話じゃないか」
そう、ここ最近この小道で首を裂かれた屍体が見つかるのである。このことは、恐ろしい猟奇事件として世間を騒がしていた。朝になると、どこから現れたのか首が転がっているのである。一方胴体の方は、どこへ行ってしまったのか見つからない。
「ああ、あの首裂き魔ね」
男は、動じた様子もなくさらりと言ってみせる。どうやら、顔に薄い笑みを貼りつけた男は首裂き魔のことを全く怖くはないらしい。余裕棹々を絵に描いたような態度である。それどころか、女が怖がっているのを面白い見せ物か何かのように見ていた。後ろから闇討ちをしたくなるような、厭な奴である。
「もしかして、首裂き魔と知り合いなのかい」
女が震える声で尋ねる。どうやら、女の方も随分と変わった思考をしているらしい。
「いや、全然」
男は言下に否定する。男は薄い笑みを浮かべている。どうやら、この男はあまり恐怖を感じていないらしい。肝のすわったと言うか、ある意味不気味である。
「でも関係はあるかもしれませんねぇ」
男が意地の悪い笑みをわざと浮かべる。その途端、女はぎょっとしたように身を引いた。男はその様子を見て、声を立てて笑いだした。全く、性格の悪い男である。
「私は探偵ですからね。あながち、関係ないわけじゃないでしょう」
「驚くじゃないか、全く。探偵さんなのあんた」
女は大仰に胸をなで下ろした。女は本当に怖かったらしい。胸が軽く上下している。だいたい、普通こんなところで悪い冗談を言われたら驚かない方がおかしい。
「そうですよ、青柳竜衛と言います」
「そぉ、じゃ。青柳竜衛さん、暫くよろしくね」
女はころころ笑いながら、手を差し出した。男は騎士よろしく女の手を取って小道の中へと進んでいった。
「ところで、姐さんは僕がその首裂き魔だとは思わないんですか」
小道に入り込んで、暫くすると男が尋ねた。確かに男の言う通りである。女は男が厭な笑いを浮かぺていることに気がつかなかった。「あ、そういえば。忘れていた。そういうこともあるのね」
女は自分の腰に手を当てて、わめいた。結構、大げさな身振りの女である。まさか、この男が首裂き魔とは今更思わないが、自分の馬鹿さ加減には愛想がつきる。
「案外抜けている姐さんですね。大丈夫です、真実はあんなのかもしれませんよ」
男の台詞に、足元ばかり見ていた女が顔を上げた。男の指さす先には人影。
道の真ん中に少女が立っていた。レースの襟が付いたワンピースを着た美しい、可憐な少女である。少女は、男女の前まで歩いてくる。何故か、足音がしない。
少女は、丁度二人の目の前まで来ると噛った。唇のはし持ち上がり、半月形を描く。厭な笑み。顔全体を歪ませるような厭な笑いだった。
そして、少女は右手に持った銀色のナイフで自分の首を切り裂いた。厭な笑みを顔に貼り付かせたまま。首を切り裂いたのである。
少女は笑いながら、首を裂く。
噴水の水のように吹き上がる赤い血。少女は笑いながら細くて白い首を一文字に切り裂いた。赤い血、赤い血、赤
い血、血、血、血。
女の絶叫が上がった。
「どうやら、ああゆうのをここの道は呼ぶみたいですね。やっぱり、傀儡堂の店主があんなものを埋めたせいですかね」
男は、傀儡堂の裏庭に咲いている大きな椿の木を見上げた。椿の真紅の花がコトリと一つ落ちた。まるで、首が落ちたかのように。
そして、椿の木が笑いだす。
女の絶叫は、暫く終わらないようである。
首をめしませ、めしませ首を。首をめしませ、めしませ首を。