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ツカノアラシ@万恒河沙
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ぐらん・ぎにょーる

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黒薔薇男爵の災難




古風な五階建てのピル。ガーゴイルのような石造が柱に飾られている石段を上り、レリーフの付いたガラス戸を開けると、荒れ放題ホールが広がる。どうやら、見た目は廃ビルのようである。しかし、顔の見えない誰かは、迷わず昇降機と呼びたくなるような、エレベーターヘ入る。キイキイキイ。軋む音、音。停止階は五階。昇降機の罪が開くと、そこは驚くべき光景だった。黒と白の市松模様を描く大理石の床。一階とは正反対な滝洒な造り。廊下の行き止まりにあるこげ茶色の木製の扉の曇りガラスには、銀色の飾り文字で「清廉潔白探偵事務所」と書かれていた。
銀のドアノブに掛けられた『怪奇・猟奇事件あります』と書かれた黒い札が風もないのに揺れていた。
うららかな昼下がり、清廉潔白探偵事務所ではうららかなな気候とは裏腹に、最悪な二日酔いに苦しんでいるヒト達が二人程いたりする。清廉潔白探偵事務所調査員の鬼堂篁と警視庁猟奇譚警部さんである神田川一生は、小悪魔と称される所長と性悪な執事が留守であることを良いことに、鬼のいぬ間の洗濯と称して、昨夜から終わりの見えない宴会を繰り広げていたのである、これを自業自得と俗に言う。酒の空堰の数々の中に、ケーキ箱やお菓子の残骸が散らばっているのは、甘いものに目がない誰かさんのご愛嬌か。
黒いワンピースにレースのエプロン、そしてヘッドドレス姿の古式ゆかしい女中さんの登場。
女中さんは、まったりとしている二人を見下ろして大仰にだめ息をついた。目の前には駄目駄目な大人が二人。女中さんこと鮎川紗雨は「こんな大人になるものか」とすっかりだれている二人に構わず、容赦なくカーテンを全開した。吸血鬼ではないが、日の光りが眩しい。篁と神田川が抗議の声を上げるが、紗雨は全く取り合わない。そして、澄ました顔で、依頼人が現れたことを告げた。それも、どうやら紗雨の口ぶりでは奇妙な依頼人らしい。
「仕事なら、御前に。ちっ、そうか御前は仕事か」
不機嫌そうな篁の声。篁は、ため息をついて寝ころんでいたソファから立ち上がると、こめかみに指を当てながらソファの上に放置されていた灰色の上着を取り上げ、緩んだネクタイを締め直す為に手をかけた。乱暴な言葉使いと、男のような恰好の篁は嫌々ながらも、漸く事務所の方に顔を出す気になったらしい。しかし、篁は事務所には行かずに済んだ。なぜなら、表向きに出ていた女中さんの松風と村雨が止めるのも聞かずに依頼人が待ちきれずに勝手にこの書斎まで来てしまったからである。それにしても、困った依頼人である。
さて、茉莉花茶をどうぞ。
「ワタクシ、白井百合子と申します」
茉莉花茶が滝れられた茶碗を前に、依頼人である白い貴婦人は鈴を転がすような声で自己紹介をした。乙女チックな白いレースの日傘を室内で差し、縦ロールの髪を覆うレースがふんだんに使われた白いボンネットを被り、身に着けているのはバッスルの入った白いドレス、そしてお供には白い着物を着た禿姿の美少女を二人。はっきり言って、何かがおかしい依願人である。
「それにしても、随分と乱雑なお部屋ですことね」
白井百合子と名乗った美女は書斎の中をゆっくり見回して云う。面白そうな顔だった。書斎の為に弁解するならば、いつもは決して足の踏み場が無いほど乱雑ではない。いや、それどころか書斎の主が乱雑にしている最中でなければ几帳面な執事のおかげで恐ろしいほど綺麗なのである。
「アンタが勝手にこの部屋に入って来たんだと思うが」
篁が性悪執事に対して多少後ろめたさを覚えながら、厭味を言うが百合子には効き目がないらしい。涼しい顔の百合子を見て「また何でこんな厄介そうな客が来たんだ」と篁はため息をつきながら、茉莉花茶が入っている茶碗に口をつけた。どうやら、気を落ちつかせる為の動作らしい。そして、今ここに御前がいれば嬉々ととしてトチ狂った依願人の相手をするだろうにと、御前が運悪く留守なのを少しだけ恨めしく思う。なんとなく、八つ当たりの上に逆恨みのような感もしなくはない。
「それで、ご依頼の件とは」
篁は七転ハ倒の後に、漸くため息をつきながら自分にふりかかった運命をおとなしく甘受することにした。諦めが大事とは良く言ったものである。
「ええ、実はここに来たのは、黒薔薇男爵と名乗る厭な男に会えると聞いたからですわ」
百合子は少し頬を染めて恥ずかしげに口許を縁に羽付きのピンクの扇で隠した。それにしても、妙な雲行きになってきた。因みに黒薔薇男爵とは気障でナルシスト、その上男色家である絵に描いたような世紀の犯罪者なのである。その黒薔薇男爵と依頼の関係は?その上、どうやら彼女の様子から見て黒薔薇男爵に脅迫されたとか、予告状が来たとかいうものではないらしい。そもそも黒薔薇男爵は女性を獲物としない。篁がなんとなくトラブルの予感を感じたのは言うまでもない。
「ワタクシ、とっても黒薔薇男爵を恨んでいますの。恨み過ぎて、手錠に猿ぐつわをしすまきにして、神田川に叩きこんだり、車に爆弾をしかけたりとお茶目な悪戯をしてしまいますのよ。お恥ずかしいわ」
百合子は、レースのハンカチを握りしめながら更に頬を桃色に染め恥ずかしそうに躯をくねらせた。今の話が事実だとすると、彼女は黒薔薇男爵と負けない位の人物だと言うことだろうか。篁は厭な気がした。そして、それを聞いた神田川と妙雨は、百合子と禿に背中を向けると小声で会話を交わす。
「お茶目な悪戯か、ソレ」
と、神田川。すでに彼は目が点になっている。いつになっても、この清廉潔白探偵事務所での奇妙な出来事に慣れない神田川であった。しかしながら、そこが神田川の良い所なのかもしれない。
「一歩間違えば、普通は死にますよね」
と、紗雨。しかし、相手はあの黒薔薇男爵である。侮るなかれ。篁は二人の会話に軽く眉を輩めると冗談めかしたロ調で、白井百合子に先程から脳裏に浮かんでいたあって欲しくないことを質問した。
「それで、もしかして貴方。実は宿敵の白百合女侯爵とか名乗るんじゃないだろうね」
「何故、お解りになりましたの」
白井百合子と名乗った女はごく真面目な顔で、不思議そうに小首をかしげた。一瞬、怖いくらいに書斎の中が静まる。篁はうんざりした顔をし、紗雨は笑顔のままその場で固まり、そして神田川は目を点にしてあらぬ方向を見ていた。
「お言葉なんだが、ウチは黒薔薇男爵の連絡先じゃない」
篁は投げやりになって言った。確かに黒薔薇男爵とは関わりあいはあるが、決して連絡先ではない。その時、女中さんその一の松風が部屋に入ってきた。捧げ持った銀のプレートの上には手紙が一通。篁は気の進まないような顔をして、松風から手渡された手紙を開く。中から、黒地に銀の薔薇の縁取りしたカードが出てきた。カードには、端的に用件が書かれていた文。
「何々、黒薔薇男爵参上。よりにもよって、皆して御前のいない所に来るんだ。何かの罰ゲームか。こんな状況、御前なら喜ぶだろうけどアタシは遠慮したいぞ、はっきり言って」
篁は黒薔薇男爵のカードを思いっきり力任せにびりびりに破いた。カードは千切れて床に落ちる。八つ当たりでカードを破くことくらいしか、今の篁にはできなかろう。鬼の居ぬ間に命の洗濯のつもりがとんだ結果になりそうである。