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里海いなみ
里海いなみ
novelistID. 18142
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アホ毛シリーズ:勧誘

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空はどこまでも果てしなく広がりまるで鏡に映った海のように青く、晴れ渡った空は見ているだけでも気持ちがよいのだが、男は空を見上げると手にした紙切れを握りしめ一言呟いた。
「ちろるン家どこだよ…」
紙切れに書かれた手書きの地図は分かりやすく此処までこれたのは事実だが肝心の目的地が分からない、先程からつい15分程辺りをうろついてるが肝心の目的地が見つからず眉間に皺を寄せて深いため息をついた。
憎らしい程に晴れ渡った空に浮かぶ太陽はジリジリと彼の皮膚を焼いていく。容赦のないそれに舌打ちをすれば、すぐ脇の塀に手をついて大きく息を吐き顔をあげた。
『月神組』
微妙な書体のその文字に、思わずそのままスルーしそうになるがやはりそこに書かれている文字は彼が探している家の苗字で。玄関なのだろうか大きな門の少し手前にいる事に気付いた彼は今まで自分が探し回った事の意味を誰かに問いかけたくなった。力無くずるずると門の前へと移動すると、黒い人影が見えた。
「…なんだお前、迷ったのか?」
黒い着流しに黒髪、何処と無く不機嫌そうなその男は彼の姿を目にした瞬間、開口一番そう言った。
「迷ったっつうか…」
黒ずくめというべきなのか、その黒で統一された男を見上げるように見つめると言葉を濁らせた。この歳で迷った、なんて言ってからかわれるのではないかと考えたが、これ以上うろついていれば不審者と見なされ通報されてしまうという考えも否めない訳であり自分より遥かに年上の男に向けて口を開いた、
「ちろる……じゃなくて月神って家探してンですが、…まっさか…此処…ですかね」
まさかこんな普通とは言えない家だとは予想もつかなかった。月神は月神でも別の月神さんの家ではないのかと僅かな焦りと期待を滲ませ語尾を上げて首を傾げた。
「お前は字も読めねェのか?しっかり月神って書いてンじゃねぇか、此処等一帯で月神はうちだけだ」
はん、と鼻で笑うような男の言い方に思わず突っ掛かりたくなる衝動を堪え、彼は小さく息を吸う。落ち着くために。黒ずくめの男の手には竹箒が握られていて、恐らくは掃除中だったのだろうと安易に想像がついた。
自分の探している家がもし此処だとしても、なんとなく足を踏み入れたくない雰囲気を醸し出しているような気がして戸惑う。男の言う通り此処があの月神宅だったなら。入らない訳にはいかないからだ。再度地図を見て、それから男と月神組の文字を見た。
「うるせェ、此処らへん来たことねぇから仕方ねェだろ」
瞳を細め不機嫌そうに呟くと男から目線を外し意を決したように門を抜け、玄関までの砂利が敷き詰められた道を眺めると一歩踏み出しそのまま右、左、右、左と交互に足を踏み出した。ただ緊張と若干の苛立ちから足早で一歩一歩に体重かけるような歩き方で歩く度に足裏で砂利同士が体をぶつけ擦れ合いたてる心地のよい音が自分の焦りを中和して足早だった足の早いリズムが次第に遅くなりいつもの速さに調節され玄関まで辿り着くが、やはりなんとなくチャイムを鳴らしにくいらしい。玄関の前に立ち尽くし仁王立ちしてインターホンを睨み付ける姿を、後ろからゆったりと追い付いてきた男がやはり鼻で笑った。
「なんだ小僧、どっちに用事だ?ちるか、ちずか?」
にやにやと意地と人の悪い笑みを浮かべて背後から見下ろすようにして問いかける。すっぽりと、というわけではないがある程度日光が遮断され、辺りが僅かに暗くなった。父親、なのだろうか?男の言い方に眉を寄せ考える。だがしかし答えが用意されている訳はなく、すぐに考える事は放棄された。未だに背後から動こうとしない男をいい加減鬱陶しく思いながら、意を決したようにインターホンに指を伸ばし、止めた。大きな家の中から、物音がしなかったためである。
「ちろる、…ちろるはいねぇわけ?オッサン」
インターホンに伸ばされた手を下ろすと振り向いて自分より身長の高い男を見上げた。挑発するような言葉と男を写した瞳に怯えはなどはない、が同時に敬う姿もないのだ。すると男の眉間に皺が僅かに寄り、見下ろす瞳を細める姿は威圧感すら感じ取れた
「なんだ小僧その態度―、」
「聞いてるのは俺だろ」
最後まで言いきる前に呟いた彼を見下ろしたまま、男は口角をつり上げた。同時に周りの空気がざわめくような錯覚を起こす。身構えそうになる身体を押さえ、睨み付ける。目の前の男の正体がはっきりとは分かっていないのにここで騒ぎを起こしたくはなかった。
暫くの無言の後、それを破ったのは男の方だった。
「あー…小僧、ちろるっつーなァちるの事か?いや、どっちにしろ両方出掛けてるがよォ」
肌に感じていた威圧感は形を潜め、がしがしと髪の毛をかき回す仕草はそこらにいる者と何ら変わりなく見受けられた。数回瞬きを繰り返し、睨むのではなく素直に男を見上げると、男も苦笑するような表情を返してきた。
目当ての人物がいないのであればもうこの場にいる理由もない、そう考え口を開く。
「あー…ちろるいねェんなら俺ァ、帰る」
「まぁ待て小僧」
「は?」
門へと歩き出そうとしたその瞬間に、男が前に立ち塞がった。何故か表情は笑顔を浮かべている。
「お前俺の組に入れ」
言葉が出なかった。あまりに唐突すぎたのだ。だが分かったのはあの普通の一般家庭には見られない妙な書体で名字が書かれた立て札に、広い屋敷のような家の訳。組というのだから極道、いわゆるヤクザ、なのだろう、一度萎れる花のように顔を俯かせ瞼閉じてため息を溢すと、見上げると同時に笑みを貼りつけた。それはもう爽やかすぎるほどのとびきりの猫被った笑み。
「断る、なァんで俺がヤクザに入らなきゃいけねェンだ?」
笑みを貼りつけたまま呟き、呟き終えると貼りつけた笑みを戸惑いもなく剥がし表情をなくして立ち塞がる男から視線を外し、返事も聞こうとせずに男の横を構わず通り過ぎると振り向いて此方に背を向けたままの男を見つめた。男は振り返らずに、それでもはっきりと届く声量で言った。
「月神組組長直々に言ってンだぜェ?そうそうねーんだ、入っちまえよ」
全く人の話を聞いていない。少しだけ苛つき足元の玉砂利を蹴ると、それは案外軽く跳ねて収まっていた場所から飛び出し数度跳ねて転がり、男の草履に当たって止まった。やけに緩慢な動作で男が振り返った。にやにやとした、人を食ったような笑みが浮かんでいる。腕を組んでいるのか袂ですっかり手は隠れてしまっていた。組への勧誘は冗談なのか、それとも、本気か。男の表情からそれは窺い知れない。
ふと、二階の窓が開いて若い男が顔を覗かせた。見知らぬ男だ。不思議そうな表情をしているその男に軽く手を振って下がるよう合図すると、男は目を細めて向き直った。
「どうする?小僧。組に入れ云々は半分冗談として、ちるが帰るまで上がっていくか?」