年の差恋愛事情①
今日は残業もなく仕事を終えた。残業をすれば、その分給料も残業代が加わり上がるのだろうが現在40歳で独り暮らしの俺には残業代なくとも自由に使うお金すら余裕がある状況な上に、溜めている仕事もない。結果、今日は残業がなく計画としては道草食わず家に帰宅して、ぐだぐだとするつもりだ。…ったのだがその計画はすぐに打ち破られた。それはもう。いとも簡単に。先程仕事を終えて黒の鞄の中に書類の入ったファイルをいくつか乱暴に押し込めることなく丁寧に細心の注意を払い仕舞えば帰り支度を手早く済ませ、さぁ帰ろう。と意気込んだ瞬間、声をかけられた
「あ、あの部長。」
声をかけたのは新入社員の吉井新(よしい あらた)という男だった。最近の若者には珍しく一度も染めたことがないような傷んでない黒髪に、前髪すら眉よりも上と短く襟足もそう長くない短髪に、皺のないスーツをきちんと着こなした姿は新入社員の鏡とも言っても過言ではないくらいのあるべき姿であり常々若者はこうであるべきだと俺は悟った。
「あぁ、吉井どうした?」
「部長今から帰る…んですよね」
「…そうだが、どうしたんだ」
「少し話したいことがありまして……俺ももう終わりますから少しお時間頂けないでしょうか?」
ただ、だからこそ、そんな真面目な風貌の彼だからこそ断りにくかったのだ。そもそも話す内容が分からない。後輩が先輩の俺にくだらない話をするために呼び出すとは考えられないし、若い人ならではなら、恋話かもしれないがこんな中年に若者が話すものだろうか。となると、やはり仕事上での相談か相当な相談事くらいしか考えられない。そう考えるとより断りにくい状況になってしまい一度は持ったカバンを一旦机に置いて少しばかり、それらしく間を置いて自分よりも十センチ、ほどだろうか身長の高い吉井を見上げた
「あぁ、別に構わないが。此処で話せそうか?」
さよなら俺の時間。心中で小さく呟いたのは内緒だ。
「あー…」
吉井の言葉が濁る。吉井が辺りを見回すものだから自分もつられて辺りを見回すとまだ社員が多く残っていて、椅子に座り机に置かれた書類にペンを滑らせる社員がいれば、パソコンに向かう社員、近くの席の者同士で次の企画について話し合う社員達が帰宅した社員の数よりも多く残っていて吉井が言葉を濁らせた理由も分かり思わず苦笑が零れた。
「此処じゃ、…話せないな。」
そうですねと吉井も苦笑した
「じゃぁ…どうする。どこか店にでもいくか?」
そう尋ねかけると手のひらの、手相を俺に見せるように自分の胸元の高さまでやりその光景はストップ、といっているような謙遜しているようなどちらにしてもOKとは取れぬ仕草だ。
「あ、いえそこまで気を使わなくても大丈夫です。すぐ終りますので、あの…さくら公園、ってわかりますよね?」
「あぁ、会社からすぐ近くのだろう?」
「はい。そこで話しがしたいんですが大丈夫ですか?」
「…分かった。それじゃぁ早く終わらせてこい待ってるから。」
相手に告げると子どものような嬉しそうな笑みを浮かべて自分の席に戻り、書類にペンを走らせる彼を横目に息をついた。机においたカバンに額をあて顔を伏せると、横髪が目元を覆い何も見えやしない。
と、その時携帯が不気味な音で鳴り響き、メールの着信を伝えた。ポケットから携帯を取り出せば視界が良くないため親指をかけて携帯を開き一度身を起こして前にきていた邪魔な横髪を払い視界を開くと画面には手紙の絵文字とその横に一件のメール。と書かれ操作キーでその手紙の絵文字に合わせてボタンを押すと、メール画面が起動してメール送信者の名前がでてきたのだが見知らぬメールアドレスに思わず眉を寄せ、おそるおそるそのメールを開いた。
『えろえろな貴方にお届け。貴方の身体を欲している女性が大勢います、貴方は抱くだけでお小遣いがもらえます。アドレスは』
そこまでで読むのはやめた、どうみてもどこかの会社からの宣伝のメールだ。どうせこれにアクセスしたとしても登録してもいないのにお金を払えという典型的1クリック詐欺に繋がるものに違いない。むしろ、だ。何故俺のアドレスを知っているのだと呆れながらもどこか腹立たしく感じ携帯を握り締めると、みし、と携帯が軋み画面を睨みつけた。
「部長、あれ、どうしました?」
そんな俺をみて吉井が一言。
「……あぁ、いや変なとこからメールがきてな。それより終わったのか?」
むしろいつのまに背後に立っていたのだろう。なんて思いながらも相手に問いかけ、握り締めていた手に入る力を緩めた。
「あ、はい。今終りましたし、いきましょうか部長」
視線をふと下げてみると彼の片手には通勤用の黒色をしたカバンがあり、帰る支度も整えたと言うことも分かり椅子を引いて立ち上がると胸ポケットに携帯をいれて机に置いていたカバンを手にとり部署の方から出ようとしたところで。
ふと同僚と目があった。
「なんだお前まだいたのか?…というか今日は早く帰ってゆっくりする、とかいってなかったか?橘」書類片手に椅子に腰を下ろした同僚は心底不思議そうな表情を浮かべて尋ねてきた。同僚の言葉を聞いて腕にした時計を見るべく袖を少し横に引いて時計が見えるようにすると時計の針は予定の時間よりもだいぶ時間が過ぎてしまっていて言葉を詰らせるとそれを聞いた吉井が不安げな顔を浮かべた。
「え、部長今日暇だったん、じゃ」
「いや暇だけどな、うん、暇だ」
そこで同僚が口を挟む。
「いやこいつ今日は早く帰りたかったんだと」
余計なことを言うな、と言いたくなったがそれもまた同僚の気遣いのようなものなので文句がいえないのだからなんとも複雑なものだ。吉井は同僚の言葉を聞いて自分が予定を狂わせたと思っているのだろう眉がハの字になり、萎れていく花のように顔は次第に俯いていき言葉すらなかったがしっかりと言葉が顔に出ている。
「いや吉井そう落ち込むな。俺は大丈夫だから、ほら行くぞ。」
一言で萎れた花は咲き誇る。そして一度頷くと一斉に社員の視線がこちらに向いて「部長やさしー」だとか「吉井よかったねー」だとか。褒め言葉なのか、からかっているのか分からない言葉が耳に入るが、そんな視線もどこ吹く風で俺は営業部の部署を後にしエレベーターに乗りこみ一階まで一気に下りるとエレベーターから出て案内に軽く会釈してから会社を出て公園に向かう中の数分、互いに何も話さず無言のまま足を公園に向け右、左、右、左と規則正しく動かし、やがて公園にたどり着くと現在の季節が春、とあってか桜の花が満開で風が吹くたびに桜の花びらが風に身を任せて舞い、散った花びらが落ちている地面にはすっかりと、桜色の花びらの絨毯が出来上がってしまっていて、その上を歩くと花びらが私を持って帰ってといわんばかりに靴にくっついてしまうが気にしたってどうもならないのでそこは気にしない。目の前にいるのは話しがしたいと誘ってきた部下の吉井で唐突に吉井は俺に向けて手を伸ばして頭を触り何事かと思えば「花びらついてますよ」と笑って親指と人差し指で抓んだ花びらを眼前にやった
「あぁ…桜が綺麗だからな」
そういって並んだ桜の気を見上げた。一面薄ピンクの桜色だ。