アホ毛シリーズ:深夜徘徊
未成年は補導されるはずの深夜一時、街灯に照らされた公園の子供用の鉄棒に腰を下ろす影があった。街灯とは違った小さな赤い火が宙に浮いている。
「なーぁ橘ァ」
赤い火から、声変わりの最中のような掠れた声が暗い園内に響いた。その声に返事をするのは先に声変わりした筈だが声変わり前とほぼ変化ない、男性にしてはやや高みのある声。
「ンだよ、まだ囲碁中」
彼の顔だけはやけに明るく、原因と言えば顔下から光を放つ画面が真ん中についた、オレンジ色の長方形のゲーム機。ボタンを押すたびにかちゃかちゃと音がし、十字キーの上にゴマ粒程の大きさで画面横に一つついたランプは充電残量があれば通常緑色だが充電残量僅かなのか親切にも、赤く光り充電が切れそうだと示している。画面に写るのは囲碁板で黒と白の碁石が並んでいて、ボタンを押すたびに黒の碁石が置かれているが刹那、ぷつんと画面が消えた。
「あ、電池きれた」
「だァっせェ」
呟きを拾ったのかケラケラと笑いながら足をばたつかせる茶髪の青年。煙草をくわえながらもどこか子供っぽい仕草と声。ゲームの光で照らされていた顔が見えなくなったせいだろうか、何の気なしにライターを点ければ短くなった煙草を地に落とし足で踏み潰した。
鉄棒から飛び降り大きく伸びをし、ゲーム機を覗き込むように見下ろす。ポケットから新しい煙草を取り出せば、一本をくわえて問うように首を傾げて箱を差し出した。
「吸うかァ?」
ゲームをしていた少年は差し出されたそれを眺めると眉を寄せて、いらねぇ。と一言呟き暗くなったゲーム機の画面見てはそれをズボンの浅い後ろポケットに半分ほどいれて視線を相手に向けた。
「いらねぇー煙草なんて体悪くなるだけじゃん」
ふ、と小さく笑いながら箱を引っ込めて一本だけに火を点けた。一瞬赤く火が点り顔が照らされる。大きく溜め息と共に煙を吐き出して歩き出した。進む先にあるのは小さなブランコ、ぎしぎしと軋むそれに腰を下ろして地を蹴ってこぎだした。
「これでさァ、補導員来たらやばいよなァ」
ドップラー効果を伴いながら、笑って言う。その言葉には一切の緊張感や、言っている程の心配は含まれていないようだ。橘と呼ばれた少年は隣でブランコを漕ぐ青年を見つめて隣のブランコに腰を下ろすと足で地を蹴り同じように漕ぎだした。メトロノームのようにブランコは右に左に揺れギイギイとブランコが声をあげるが、体が前に進むと腰辺りまで伸びた明るい茶髪の髪の毛が靡き、なんだかそれが心地よく感じ、目を細めていた、がその瞳はすぐに見開かれた。瞳が嫌なものを捉えたのだ。ブランコを後ろに下げ前に出る勢いとタイミングを合わせ、ブランコから飛び降りると体がふわりと浮き上がり、右足を出し、地に着地し左足もつくと、そのまま勢いはとめずに前に数歩進み足を止めた。
「きーち、補導員じゃなくお客っぺーよ」
言って瞳を公園の入り口に向けると彼ら二人に対し六人の男達がにやにやとした厭らしい笑みを浮かべて此方を見ていた。先に飛び降りた友人―であるはずだ―の真似をしてきーちと呼ばれた青年も飛び降りた。勢い余り男達に近づくように歩が進む。
「やァべ、橘半分半分なァ?」
にやりと人の悪い笑みを浮かべて少し後ろにいる友人を見やって確認するように問い掛ける。何もせず当たり障りなくその場を去る、という選択肢は一切無いようで好戦的な笑みを浮かべたまま握った拳の骨を鳴り響かせた。
「あいよォ、三人なァ」
口元が弧を描いた、一度瞼を閉じて深呼吸して瞼を開くと瞳孔開いたそれは男達に向けられ男達は当然自分たちを弱い、馬鹿にしていると言葉を受け取ったようで厭な笑いを浮かべていた顔も眉をひそめこちらを睨み付けるきつい表情に変わり声をあげこちらを目標に走り出す。
「ふざけんなァァ!」
怒声は真夜中にはうるさすぎるもので橘は眉をひそめてあからさまな嫌そうな顔を浮かべてみせ殴りかかる男の拳を右に避け、顔の横を拳が通りすぎると顔横の腕を掴み利き足の左足で顔を蹴りあげる。すると足の甲が男の方にめり込み男は足を蹴られた方向に素直に体が弾けた。
対して貴壱は友人を襲う男に意識を払う事なく目の前の顔を睨み付ける。顔面向けて迫ってきた拳を、顔をずらす事で避ければ口にくわえたままだった煙草を相手の顔に吹き付けた。ジュ、と一瞬僅かな音がたったかと思いきや、近所迷惑だろうとも思える耳障りな叫び声をあげながら男は悶絶する。ケタケタと心底可笑しそうに笑えば、真横から拳を繰り出してきた男の攻撃を避け、ステップにも似た足踏みをした。避けるだけで手は出さず、にやにやとした笑みは健在のままだ。
「おォにさァんこォちらァ」
からかうように言えば、煙草の火傷の痕を頬にしっかりと残した男の顔面に右拳を捩じ込んだ。これで二人が片付いた。貴壱と橘は酷く楽しそうに笑うのだ。男達の顔が歪む度何故か笑みが零れる。申し訳なさなど恐らく、彼らに存在しないのだ。
「きーちずりィ武器使うなんて」
はたして煙草が武器かと言えるかは謎なのだが、そう呟くと対峙していた男たちはガキのくせにだとか、殺すだとか喚きだし口調もより荒く大きくなる。今度は二人がかりでと作戦をたてたのか一人は橘へ向け拳を迫らせ、しかし橘はそれをひょいと右に避けたもののそれを狙っていたというように右から拳が流れてきて避けようと足を踏み出した瞬間、その足がずるりと地をすべり尻餅ついて転ぶ。そのお陰か拳を避けることができ、しかも頭上には相手の顔。後ろに手をつくと体を少し丸め後ろに後転し足裏が空を向いた瞬間後ろ手で土を持ち上げるように力を入れると曲がっていた肘が真っ直ぐになり、ぐんと体が上がり足裏は男の顎を押し上げて男は体を反らせて後ろに倒れた。
一方で貴壱はちょー楽しいわァ、と笑いながら突進してくる男を紙一重で避け、身を屈める。その体勢のままで空打った男の短い足に自分の足を絡めて転ばせると背中に膝をお見舞いし、蛙が潰れたような声をあげ突っ伏す男にさも愉快そうに地を叩いた。これで残りはお互い一人ずつかと暢気に立ち上がり辺りを見回す。視界の真ん中に残りの男を入れながら、ゆっくりとした動作で煙草を口にくわえた。
「最後までヤってくゥ?」
などと挑発するように笑んで煙草に火を点けた。それが当然相手を苛つかせる要因、まさに火に油になるのだが、返ってきた言葉はなんとも予想外のものだった
「お前ら何をやっているんだ!」
補導員だった。補導員の手に持つ懐中電灯が向けられ眩しさに思わずそこにいる誰もが目を細めた。そして息を呑む―といっても男達だけで、二人は大して動揺した様子はない。
「やべぇ!おい、逃げるぞ!」
今時そんな声をかけるのかと思うような事を言いながら、運良く何の怪我も負っていない男達が伸びている連中を叩き起こす。
「橘ァ、ずらかんぞォ」
「なんでだよ、あと一人残ってンじゃん」
「見つかっていいのかァ?」
「あー…」
「だろォ」
「なーぁ橘ァ」
赤い火から、声変わりの最中のような掠れた声が暗い園内に響いた。その声に返事をするのは先に声変わりした筈だが声変わり前とほぼ変化ない、男性にしてはやや高みのある声。
「ンだよ、まだ囲碁中」
彼の顔だけはやけに明るく、原因と言えば顔下から光を放つ画面が真ん中についた、オレンジ色の長方形のゲーム機。ボタンを押すたびにかちゃかちゃと音がし、十字キーの上にゴマ粒程の大きさで画面横に一つついたランプは充電残量があれば通常緑色だが充電残量僅かなのか親切にも、赤く光り充電が切れそうだと示している。画面に写るのは囲碁板で黒と白の碁石が並んでいて、ボタンを押すたびに黒の碁石が置かれているが刹那、ぷつんと画面が消えた。
「あ、電池きれた」
「だァっせェ」
呟きを拾ったのかケラケラと笑いながら足をばたつかせる茶髪の青年。煙草をくわえながらもどこか子供っぽい仕草と声。ゲームの光で照らされていた顔が見えなくなったせいだろうか、何の気なしにライターを点ければ短くなった煙草を地に落とし足で踏み潰した。
鉄棒から飛び降り大きく伸びをし、ゲーム機を覗き込むように見下ろす。ポケットから新しい煙草を取り出せば、一本をくわえて問うように首を傾げて箱を差し出した。
「吸うかァ?」
ゲームをしていた少年は差し出されたそれを眺めると眉を寄せて、いらねぇ。と一言呟き暗くなったゲーム機の画面見てはそれをズボンの浅い後ろポケットに半分ほどいれて視線を相手に向けた。
「いらねぇー煙草なんて体悪くなるだけじゃん」
ふ、と小さく笑いながら箱を引っ込めて一本だけに火を点けた。一瞬赤く火が点り顔が照らされる。大きく溜め息と共に煙を吐き出して歩き出した。進む先にあるのは小さなブランコ、ぎしぎしと軋むそれに腰を下ろして地を蹴ってこぎだした。
「これでさァ、補導員来たらやばいよなァ」
ドップラー効果を伴いながら、笑って言う。その言葉には一切の緊張感や、言っている程の心配は含まれていないようだ。橘と呼ばれた少年は隣でブランコを漕ぐ青年を見つめて隣のブランコに腰を下ろすと足で地を蹴り同じように漕ぎだした。メトロノームのようにブランコは右に左に揺れギイギイとブランコが声をあげるが、体が前に進むと腰辺りまで伸びた明るい茶髪の髪の毛が靡き、なんだかそれが心地よく感じ、目を細めていた、がその瞳はすぐに見開かれた。瞳が嫌なものを捉えたのだ。ブランコを後ろに下げ前に出る勢いとタイミングを合わせ、ブランコから飛び降りると体がふわりと浮き上がり、右足を出し、地に着地し左足もつくと、そのまま勢いはとめずに前に数歩進み足を止めた。
「きーち、補導員じゃなくお客っぺーよ」
言って瞳を公園の入り口に向けると彼ら二人に対し六人の男達がにやにやとした厭らしい笑みを浮かべて此方を見ていた。先に飛び降りた友人―であるはずだ―の真似をしてきーちと呼ばれた青年も飛び降りた。勢い余り男達に近づくように歩が進む。
「やァべ、橘半分半分なァ?」
にやりと人の悪い笑みを浮かべて少し後ろにいる友人を見やって確認するように問い掛ける。何もせず当たり障りなくその場を去る、という選択肢は一切無いようで好戦的な笑みを浮かべたまま握った拳の骨を鳴り響かせた。
「あいよォ、三人なァ」
口元が弧を描いた、一度瞼を閉じて深呼吸して瞼を開くと瞳孔開いたそれは男達に向けられ男達は当然自分たちを弱い、馬鹿にしていると言葉を受け取ったようで厭な笑いを浮かべていた顔も眉をひそめこちらを睨み付けるきつい表情に変わり声をあげこちらを目標に走り出す。
「ふざけんなァァ!」
怒声は真夜中にはうるさすぎるもので橘は眉をひそめてあからさまな嫌そうな顔を浮かべてみせ殴りかかる男の拳を右に避け、顔の横を拳が通りすぎると顔横の腕を掴み利き足の左足で顔を蹴りあげる。すると足の甲が男の方にめり込み男は足を蹴られた方向に素直に体が弾けた。
対して貴壱は友人を襲う男に意識を払う事なく目の前の顔を睨み付ける。顔面向けて迫ってきた拳を、顔をずらす事で避ければ口にくわえたままだった煙草を相手の顔に吹き付けた。ジュ、と一瞬僅かな音がたったかと思いきや、近所迷惑だろうとも思える耳障りな叫び声をあげながら男は悶絶する。ケタケタと心底可笑しそうに笑えば、真横から拳を繰り出してきた男の攻撃を避け、ステップにも似た足踏みをした。避けるだけで手は出さず、にやにやとした笑みは健在のままだ。
「おォにさァんこォちらァ」
からかうように言えば、煙草の火傷の痕を頬にしっかりと残した男の顔面に右拳を捩じ込んだ。これで二人が片付いた。貴壱と橘は酷く楽しそうに笑うのだ。男達の顔が歪む度何故か笑みが零れる。申し訳なさなど恐らく、彼らに存在しないのだ。
「きーちずりィ武器使うなんて」
はたして煙草が武器かと言えるかは謎なのだが、そう呟くと対峙していた男たちはガキのくせにだとか、殺すだとか喚きだし口調もより荒く大きくなる。今度は二人がかりでと作戦をたてたのか一人は橘へ向け拳を迫らせ、しかし橘はそれをひょいと右に避けたもののそれを狙っていたというように右から拳が流れてきて避けようと足を踏み出した瞬間、その足がずるりと地をすべり尻餅ついて転ぶ。そのお陰か拳を避けることができ、しかも頭上には相手の顔。後ろに手をつくと体を少し丸め後ろに後転し足裏が空を向いた瞬間後ろ手で土を持ち上げるように力を入れると曲がっていた肘が真っ直ぐになり、ぐんと体が上がり足裏は男の顎を押し上げて男は体を反らせて後ろに倒れた。
一方で貴壱はちょー楽しいわァ、と笑いながら突進してくる男を紙一重で避け、身を屈める。その体勢のままで空打った男の短い足に自分の足を絡めて転ばせると背中に膝をお見舞いし、蛙が潰れたような声をあげ突っ伏す男にさも愉快そうに地を叩いた。これで残りはお互い一人ずつかと暢気に立ち上がり辺りを見回す。視界の真ん中に残りの男を入れながら、ゆっくりとした動作で煙草を口にくわえた。
「最後までヤってくゥ?」
などと挑発するように笑んで煙草に火を点けた。それが当然相手を苛つかせる要因、まさに火に油になるのだが、返ってきた言葉はなんとも予想外のものだった
「お前ら何をやっているんだ!」
補導員だった。補導員の手に持つ懐中電灯が向けられ眩しさに思わずそこにいる誰もが目を細めた。そして息を呑む―といっても男達だけで、二人は大して動揺した様子はない。
「やべぇ!おい、逃げるぞ!」
今時そんな声をかけるのかと思うような事を言いながら、運良く何の怪我も負っていない男達が伸びている連中を叩き起こす。
「橘ァ、ずらかんぞォ」
「なんでだよ、あと一人残ってンじゃん」
「見つかっていいのかァ?」
「あー…」
「だろォ」
作品名:アホ毛シリーズ:深夜徘徊 作家名:里海いなみ