むじーく ~Musik~(新見編)
むじーく 〜Musik〜(新見編)
新見弘和は出席簿の自分の欄に丸印をつけようとして、ドキリとした。一つ前の欄に印しが付いていたからだ。印しを付けられた名前は中原さく也――練習場に入ると、セカンド・ヴァイオリンの位置に彼が座っていた。
右隣が不自然に空いていて、そこに座れと言わんばかりに他のセカンド・ヴァイオリンのメンバーが新見を見ている。「俺ですか?」の意味で新見が自身を指差すと、無言の肯定が戻ってきた。その席は中原さく也とプルト(譜面の共有)になっていた。
八乃音(はちのね)市民オーケストラ、通称八オケは、市民の文化意識の向上と気軽に音楽に親しむことを目的として、五年前に設立された。団員は趣味で楽器を続けているアマチュアがほとんどだ。音はやはりその程度で注目される点はこれと言ってなかったが、実は密かに有名であった。
日ごろの練習の成果を身内に見てもらう発表会のような初めての単独演奏会、これがクラシック好きを驚かせることとなったのだ。無難な演奏内容はともかく、メンバーの中に『中原さく也』の姿があったからである。
中原さく也は名だたる国際コンクールを総なめにし、世界で最も人気があるヴァイオリニストの一人だ。欧州が主な活動拠点の彼が日本で演奏する機会は極めて少なく、演奏会のチケットが取り難いことで有名だった。その中原さく也が、市民会館の小ホールで行なわれるチケット一枚千円の演奏会の、それもセカンド・ヴァイオリンの席に座っていたのだから、驚かないはずがない。団員ですら、当日のゲネプロで彼の姿を見た時、見間違いかと自分たちの目を疑ったほどだった。
初めての演奏会は「それなりに聴かせたい」と言うこともあり、音・芸大などの学生らがエキストラ(応援)で参加していた。これは八オケの鍵盤奏者で、普段の合奏練習の指導を担当する加納悦嗣が手配したのだが、中原さく也もそんなエキストラの一人だった。ちょうどオフで帰国していた中原さく也が、「セカンド・ヴァイオリンの音が弱い」と友人の加納から聞いて、参加を申し出たらしい。だから、誰もがその日かぎりのことだろうと思っていたのだが、新年度になってから配られた団員名簿には、彼の名が記されていた。セカンド・ヴァイオリンのところに、正規団員として。その上、帰国中で時間が合う時に練習があれば、顔を出すこともあると言うことで、町の素人オーケストラであるにもかかわらず、少なからずクラシック・ファンから注目を浴びることとなったのである。
「と、隣、失礼します」
新見がパイプ椅子を置いて頭を下げると、中原さく也も同じように返した。みんなの視線が感じられる。もちろん新見にではなく、中原さく也に向けられているのだった。
彼が練習に来ることを誰もが期待していた。それが目当てで入団した者もいる。世界的な音を間近で聴けるのだから当然だった。しかし、いざ本人が現れると、遠巻きにしてなかなか近寄らない。特に同じパートの人間は、隣に座ることを押し付け合う始末だった。そして今日のハズレ…ではなく、当たりクジは新見が引いてしまった。
「新見、さっさと座れ。練習を始めるぞ」
練習指揮者の加納が指揮台から声をかける。新見は仕方なく中原さく也の隣に座った。
大学生で比較的時間に余裕があり、練習には早めに来るか休むかのどちらかの新見が、中原の隣に座るのは初めてだ。出際に母親から用事を頼まれて寄り道したために、何時もより少し遅れた。それでも遅刻したわけではない。一年に数度もないそんな日に、中原が練習に顔を出すとは――新見は心の中でため息をついた。
「じゃあ、シュトラウス。一回、通すから。D dur(ニ長調)の四分の三に変わったとこ、気をつけろよ」
加納の手が上がった。本日の一曲目はシュトラウスの有名なワルツ、『美しく青きドナウ』。団員の演奏したい曲ベスト10の一曲だが、中原を意識してと言うこともある。彼がかつて所属したウィーンのオーケストラの十八番であった。
曲が始まってすぐに、新見は自分がアウトの位置にいることに気がついた。これでは譜面をめくるのは中原と言うことになる。国際的ヴァイオリニストをセカンドのパートに据えていることだけでも贅沢なのに、
――この上、譜めくりまでさせるのはどうなんだ?
そう思っても新見が勝手に曲を止めるわけにもいかない。
「重いなぁ。 八分の六のAndantinoをいつまで引き摺ってんだ、四分の三だぞ。気をつけろって言ったろ?」
通すと言ったにもかかわらず、序奏の後半、ワルツのテンポに転じたところで、加納が曲を止めた。この時とばかりに、新見は中原に席を替わって欲しいと頼んだが、彼は、「なんで?」と素気無く答えるだけだった。それから新見の答えを待っているかのように、ジッと見つめる。
中原さく也は演奏もさることながら、その美貌も有名だった。見つめられると、同性でありながらドキドキする。確か三十代半ばくらいの年齢で、新見より一回り(十二才)以上年上のはずだが、それを感じさせない。
「そこ、話、聞いてんのか?!」
指揮者の注意が飛ぶ。新見は慌てて楽譜に目を戻した。席を替わる機会を逸して、もう一度最初から曲が始まった。
中原さく也との音の差は歴然だった。同じパートを弾いているとはとても思えない。使用している楽器の違いもあるが、それだとて技術が伴わなければ、最高の音を引き出すことは出来ないだろう。
セカンド・ヴァイオリンはファースト・ヴァイオリンより低音域を担当する。ファーストのように華やかな高音域や、主旋律を奏でることは少ないものの、ハーモニーを構成しメロディーを下支えする役割を担っていた。ヴァイオリンの初心者がオケに参加する場合、セカンドに配置されることが多いので、どうしてもファーストより技術的に劣るイメージがあるが、中原の奏でる音はそれらを払拭するにあまりあるものだった。
目立つでもなく、退き過ぎるでもなく、ファーストの呼吸に合わせてハーモニーを作り出すその音は、芯となって他のセカンドの音を吸収した。普段はバラバラと拡散しがちな八オケのセカンドだが、中原さく也の音に導かれて耐える。まとまった旋律は安定した音量を保ち、ファーストに拮抗しながらも、決して反発や圧倒する演奏にはならなかった。
ただ残念なことにファーストの技量が、今の段階では絶対的に不足していた。いくらセカンドがファーストに尽くしても、応えることが出来ないところがある。それに合わせてセカンドが抑えると――正しくは中原さく也がだが――、途端に音楽はしぼんだ。
新見はその一曲が長く感じられた。中原の音に引きずられて、すっかり萎縮してしまったからだ。自分の音が彼にどう聴こえるか、気になって仕方がない。そして彼が一瞬でも楽譜を捲ることに意識を向けることが、申し訳なくてならなかった。
一回通せば、音楽が止まる。その時にもう一度、席を代わって欲しいと頼もう――早く終われと願うから、長く感じられてならなかった。
ワルツV(5)に入ったところで中原の弓が止まった。新見は彼を見たが横顔を向けるばかりで、ちゃんとページは捲るものの、結局、終わるまで弾かなかった。
新見弘和は出席簿の自分の欄に丸印をつけようとして、ドキリとした。一つ前の欄に印しが付いていたからだ。印しを付けられた名前は中原さく也――練習場に入ると、セカンド・ヴァイオリンの位置に彼が座っていた。
右隣が不自然に空いていて、そこに座れと言わんばかりに他のセカンド・ヴァイオリンのメンバーが新見を見ている。「俺ですか?」の意味で新見が自身を指差すと、無言の肯定が戻ってきた。その席は中原さく也とプルト(譜面の共有)になっていた。
八乃音(はちのね)市民オーケストラ、通称八オケは、市民の文化意識の向上と気軽に音楽に親しむことを目的として、五年前に設立された。団員は趣味で楽器を続けているアマチュアがほとんどだ。音はやはりその程度で注目される点はこれと言ってなかったが、実は密かに有名であった。
日ごろの練習の成果を身内に見てもらう発表会のような初めての単独演奏会、これがクラシック好きを驚かせることとなったのだ。無難な演奏内容はともかく、メンバーの中に『中原さく也』の姿があったからである。
中原さく也は名だたる国際コンクールを総なめにし、世界で最も人気があるヴァイオリニストの一人だ。欧州が主な活動拠点の彼が日本で演奏する機会は極めて少なく、演奏会のチケットが取り難いことで有名だった。その中原さく也が、市民会館の小ホールで行なわれるチケット一枚千円の演奏会の、それもセカンド・ヴァイオリンの席に座っていたのだから、驚かないはずがない。団員ですら、当日のゲネプロで彼の姿を見た時、見間違いかと自分たちの目を疑ったほどだった。
初めての演奏会は「それなりに聴かせたい」と言うこともあり、音・芸大などの学生らがエキストラ(応援)で参加していた。これは八オケの鍵盤奏者で、普段の合奏練習の指導を担当する加納悦嗣が手配したのだが、中原さく也もそんなエキストラの一人だった。ちょうどオフで帰国していた中原さく也が、「セカンド・ヴァイオリンの音が弱い」と友人の加納から聞いて、参加を申し出たらしい。だから、誰もがその日かぎりのことだろうと思っていたのだが、新年度になってから配られた団員名簿には、彼の名が記されていた。セカンド・ヴァイオリンのところに、正規団員として。その上、帰国中で時間が合う時に練習があれば、顔を出すこともあると言うことで、町の素人オーケストラであるにもかかわらず、少なからずクラシック・ファンから注目を浴びることとなったのである。
「と、隣、失礼します」
新見がパイプ椅子を置いて頭を下げると、中原さく也も同じように返した。みんなの視線が感じられる。もちろん新見にではなく、中原さく也に向けられているのだった。
彼が練習に来ることを誰もが期待していた。それが目当てで入団した者もいる。世界的な音を間近で聴けるのだから当然だった。しかし、いざ本人が現れると、遠巻きにしてなかなか近寄らない。特に同じパートの人間は、隣に座ることを押し付け合う始末だった。そして今日のハズレ…ではなく、当たりクジは新見が引いてしまった。
「新見、さっさと座れ。練習を始めるぞ」
練習指揮者の加納が指揮台から声をかける。新見は仕方なく中原さく也の隣に座った。
大学生で比較的時間に余裕があり、練習には早めに来るか休むかのどちらかの新見が、中原の隣に座るのは初めてだ。出際に母親から用事を頼まれて寄り道したために、何時もより少し遅れた。それでも遅刻したわけではない。一年に数度もないそんな日に、中原が練習に顔を出すとは――新見は心の中でため息をついた。
「じゃあ、シュトラウス。一回、通すから。D dur(ニ長調)の四分の三に変わったとこ、気をつけろよ」
加納の手が上がった。本日の一曲目はシュトラウスの有名なワルツ、『美しく青きドナウ』。団員の演奏したい曲ベスト10の一曲だが、中原を意識してと言うこともある。彼がかつて所属したウィーンのオーケストラの十八番であった。
曲が始まってすぐに、新見は自分がアウトの位置にいることに気がついた。これでは譜面をめくるのは中原と言うことになる。国際的ヴァイオリニストをセカンドのパートに据えていることだけでも贅沢なのに、
――この上、譜めくりまでさせるのはどうなんだ?
そう思っても新見が勝手に曲を止めるわけにもいかない。
「重いなぁ。 八分の六のAndantinoをいつまで引き摺ってんだ、四分の三だぞ。気をつけろって言ったろ?」
通すと言ったにもかかわらず、序奏の後半、ワルツのテンポに転じたところで、加納が曲を止めた。この時とばかりに、新見は中原に席を替わって欲しいと頼んだが、彼は、「なんで?」と素気無く答えるだけだった。それから新見の答えを待っているかのように、ジッと見つめる。
中原さく也は演奏もさることながら、その美貌も有名だった。見つめられると、同性でありながらドキドキする。確か三十代半ばくらいの年齢で、新見より一回り(十二才)以上年上のはずだが、それを感じさせない。
「そこ、話、聞いてんのか?!」
指揮者の注意が飛ぶ。新見は慌てて楽譜に目を戻した。席を替わる機会を逸して、もう一度最初から曲が始まった。
中原さく也との音の差は歴然だった。同じパートを弾いているとはとても思えない。使用している楽器の違いもあるが、それだとて技術が伴わなければ、最高の音を引き出すことは出来ないだろう。
セカンド・ヴァイオリンはファースト・ヴァイオリンより低音域を担当する。ファーストのように華やかな高音域や、主旋律を奏でることは少ないものの、ハーモニーを構成しメロディーを下支えする役割を担っていた。ヴァイオリンの初心者がオケに参加する場合、セカンドに配置されることが多いので、どうしてもファーストより技術的に劣るイメージがあるが、中原の奏でる音はそれらを払拭するにあまりあるものだった。
目立つでもなく、退き過ぎるでもなく、ファーストの呼吸に合わせてハーモニーを作り出すその音は、芯となって他のセカンドの音を吸収した。普段はバラバラと拡散しがちな八オケのセカンドだが、中原さく也の音に導かれて耐える。まとまった旋律は安定した音量を保ち、ファーストに拮抗しながらも、決して反発や圧倒する演奏にはならなかった。
ただ残念なことにファーストの技量が、今の段階では絶対的に不足していた。いくらセカンドがファーストに尽くしても、応えることが出来ないところがある。それに合わせてセカンドが抑えると――正しくは中原さく也がだが――、途端に音楽はしぼんだ。
新見はその一曲が長く感じられた。中原の音に引きずられて、すっかり萎縮してしまったからだ。自分の音が彼にどう聴こえるか、気になって仕方がない。そして彼が一瞬でも楽譜を捲ることに意識を向けることが、申し訳なくてならなかった。
一回通せば、音楽が止まる。その時にもう一度、席を代わって欲しいと頼もう――早く終われと願うから、長く感じられてならなかった。
ワルツV(5)に入ったところで中原の弓が止まった。新見は彼を見たが横顔を向けるばかりで、ちゃんとページは捲るものの、結局、終わるまで弾かなかった。
作品名:むじーく ~Musik~(新見編) 作家名:紙森けい