みどりをあおと呼ぶ
ああだめだ、こいつに喋らせると丸めこまれてしまう。手を変え品を変え騙されている……と言い切るには、そんなに手は変えられていない。いつも同じように有耶無耶にされて、そうかな、もしかしたらそうなのか、と思いつつも完全に納得はさせてもらえない。
気持ち悪い、すわりが悪い。
そして今日も、食事が終わる頃に水を継ぎ足すタイミングで何気なく目が合って、俺に向けられるには相応しくない様な笑顔がよこされる。にこ、と笑う、テーブルを挟んで向かいの席。逃げられない、逃げなきゃいけないのか分からない。
「園田、それもうやめろって」
「どれ? 何もしてないけど」
有耶無耶にするのは園田の序等手段で、俺が言葉を濁したら解決へは一歩遠くなるという算段。困る。
「その、……なんか、変な感じに笑うやつ、やめろ」
狭いカレー屋、客は幸か不幸か俺たちしかいなかった。俺たちしか居ないから、こんな変な抗議もしてみせたのだが、
「どうして。嬉しかったら笑うでしょ。俺は青葉君と一緒にご飯、嬉しいしなあ、そりゃ笑うでしょ、普通」
そもそも園田のほうがコミュニケーション術においては何クラスも上なのだ。
ああ、他に誰も居なくて良かった! と思ったのは自分の顔がまた性懲りもなく熱っぽくなるのを自覚したこの瞬間だけで、次の瞬間には誰も居ないから園田が口を閉じなかったのだと思い当たる。
「それで青葉君、ちょっと相談なんだけど、今、誰かと付き合う気ない?」
「誰かって何だよもう、お前につき合わされてるのでこっちは充分、」
「オッケー、じゃあ俺とは付き合えるってことだ」
途中で言葉を遮られるのは苦手だ、考えを否定されているような抑え付けられてしまったような気持ちになるから。だから言葉を被せられると黙ってしまう。
「……え?」
「俺と。付き合ってくれてるんだ? よね?」
だいぶ慣れたと思った、園田のざらついた独特の声。確かに一緒に居ることが増えれば慣れるわけだから、こうやって付き合わされていることも悪くない。これで園田から謎の圧力だか空気だかを感じなくなれば、居心地の悪さだって減るはずだ。
「え、うん、飯とか、……え?」
「俺と付き合って?」
「……ご、めん、園田の言ってる意味が」
「嘘だね、分かるでしょ。青葉君、逃げないで考えて」
人当たりの良い、女子受けもいい、よく喋ってよく笑う。でも俺には難しい、園田。
逃げるなと言われても、俺が逃げたかったのは園田じゃなくて、……園田か。
「俺、あんまり駆け引きみたいなの好きじゃないんだけど」
「正面からいったって青葉君は気付かないフリするからなあ……ねえ、さっきから耳すっごい触ってるけど、本気で気付いてないわけ?」
指摘されて、確かに自分の手が耳をしきりに擦っていることを知る。だって気持ち悪い、ざらざらする。背骨までぞわっとしたものが伝わって、尻がむずむずする。他にこういう目に遭ったことがない、何だろうこれは。
「青葉君、俺の声好きだよね。その顔、俺好きだなあ」
「…………」
目を細めて、悪い奴の顔で笑う園田を初めて見て、それでようやく俺は知った。
「園田、って、」
「狙ってたよー、青葉君」
ごくりと喉が鳴ったのは一生の不覚だ。
ざらりとしたものが、また腰から背筋を這い上がってきて鳥肌がたつ。指先がビリビリ痺れたのは錯覚だろうか。不快感から眉をひそめると、園田は「そうそう、その顔」とまた笑った、今度は知っている表情だった。
園田の声。笑った顔。
好きか嫌いかだなんて、どっちでもなかったはずなのに、罠にハメられたのか俺は。否定してもいいはずなのに、否定できないのは俺のせいなのか、向かいで笑う園田のせいなのか、煮え立ち始めた頭じゃよく分からない。