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珈琲日和 その4

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 その白いものはカウンターの端っこに座って、頬杖をついているようでした。形から察するにどうやら女性みたいでした。僕は思い当たりました。そうです。カプチーノの彼女に酷似していたのです。まさか。彼女は悲しみのあまり自殺でもしてしまったのではないか・・・。恐ろしい不安が胸を過りました。そう言えば、最近彼女を見ていない。
 だとしたら、これは彼女の幽霊? しかし、どうして夜でもないのに出てくるんだ? しかも蓄音機をかけた時にだけ。それも恐らくこのPatti Pageの時にだけ・・・幽霊の投げかける謎は深まるばかりでした。
 とりあえず、しばらくこのSP盤はかけるのを止めよう。あのお二人以外にはまだ聞かせていないのだから。


 彼女が店の色ガラスの嵌った扉を開けて入ってきたのは、彼方此方に霜柱が目立つようになった頃でした。感じの良い男性と一緒に、並んで仲良く席カウンターに座りました。彼女はちゃんと生きていたんだと思い、安心しました。
「お久しぶりです。マスター。カプチーノを2つお願いします」笑顔で注文する彼女の横で、同じ様にニコニコと微笑みながら男性は彼女の手を愛おしそうに握っていました。
「かしこまりました。お元気そうで、何よりです」僕も思わず嬉しくなってしまいました。
「ええ。今月中に、私達結婚するんです。だから、その前にマスターに報告しようと思って」と、着ている虹色のセーターと同じくらい華やかな笑顔で彼女は幸せそうに言いました。
「わざわざありがとうございます。本当におめでとうございます!」
 その幸せそうな雰囲気に、水を差すのもなと思いはしたものの、あの白いものが彼女に酷似していると言う事は一応知らせておこうと思い、婚約者がお手洗いに立った隙に、そっと彼女に打ち明けた。
「本当ですか?! ごめんなさい。きっと私の思いだと思います。とても強い思いだったから。お陰で振り切れるのが大変だったんです。でも、マスターにご迷惑をおかけしている訳にはいきませんね。どうしたらいいのかしら?」彼女は考え込みました。確かに除霊と言うのも何だか違うみたいですし。当の彼女はもう新しい思いを持っていますから。
「大丈夫ですよ。僕が何とかやってみますから。きっと、あの思いが叶えば消える筈です。気になさらないで、僕からの結婚祝いだとでも思って下さい。どうかお幸せに」彼女の泣き出しそうな顔を見かねて、僕は言いました。また彼女を泣かすわけにはいかなかったのです。きっとどうにかなります。多分。
「ありがとうございます・・・」タイミング良く、婚約者が戻ってきました。
 
 とは、言ったものの、全く妙案は浮かびませんでした。
 とりあえずそのまま放置して、とうとう年を越してしまいました。
 彼女から結婚式の写真が送られて来たのと、同じ頃だったと思います。店の小さなポストに、気持ちだけ足を突っ込んだ形になって大きなエアメールが届いていました。カナダからでした。海外に知り合いのいない僕は、すぐにメープルシロップ
カフェオレの彼からだとわかりました。
 まだカナダにいるのか・・・そう思って開けると、中からラベルが薄けてタイトルの読み取りにくいSP盤が出てきました。なんと。こんな簡単な包装でSP盤を送るとは。あまりの彼らさに思わず苦笑いしてしまいました。
 小さな写真が一枚一緒に入っていました。彼と、緑の目をした綺麗な女性がパリの凱旋門を背景に一緒に写っていました。女性の薬指には銀色の指輪が光っていました。そうか・・・僕は嬉しくなりました。
 送られてきたSP盤を蓄音機にセットして、かけ始めました。流れてきたのは、銀座カンカン娘でした。
何故?
 僕が疑問で頭を一杯にしている時に、不意に又あの白いものが現れたのです。
 けれども、今回は座っておらず、様子が違っていました。それは、すっと蓄音機の前に移動して来ると、しばらく聞き入ってから徐に日の差す窓に進んで行ってから、ゆっくりと氷が溶けるみたいに消えたのです。
 あぁ。彼女の強い思いはやっと消えたんだ。そう思いました。あとには、温かそうな日溜まりの中に、スノーボールの雪のような光が窓から差し込んでくるだけでした。僕はそのまま銀座カンカン娘を聞いていました。

それにしても良い音だ。今日はクラムチャウダーを作ろう。
作品名:珈琲日和 その4 作家名:ぬゑ