銀髪のアルシェ(2)~少女天使~
少女天使
圭一が、レッスン室でピアノを弾いている。その膝には、子猫キャトルが丸くなって寝ていた。
圭一は弾き終わると、キャトルを撫でた。
キャトルが顔を上げた。
「うまくなったと思う?」
圭一がキャトルに尋ねた。
「にゃあ」
キャトルが答えた。
「それはイエスと取っていいのかな…。キャトルの言葉が、浅野さん達のようにわかればいいのに…」
圭一が寂しそうにそう言うと、キャトルが「にゃあ」と小さく鳴いた。
圭一が微笑みながら、キャトルを撫でた。
「いいんだ…。ごめん。」
圭一が言った。
すると、キャトルが膝の上に立ち上がり、圭一に向かってひと鳴きすると、その姿が消えた。
「キャトル!?」
圭一は辺りを見渡した。
……
「キャトルが消えた?」
浅野がバーの準備をしながら言った。
「キャトルの言葉がわかればいいのにって言ったら…」
浅野は「まぁキャトルも瞬間移動できるからな。」と言った。
「それに人間だった俺の時とは違って、生体をこっちに置いて天界にもいけるから、もしかすると大天使様に相談に行ったのかも知れないぞ。」
「…そうですか…」
圭一はほっとしたが、キャトルがキャトルでなくならないか心配だった。
……
キャトルはなかなか帰って来なかった。
圭一は、専務室にいた。カゴで眠ったように見えるキャトルがめざめるを待っている。もうバーが始まる時間だったが圭一は手伝いに行かず、ため息をつきながらキャトルが目覚めるのを待っていた。
が、ふと気がついた。
「キャトルの缶詰切れてたんだ!今のうちに買いに行こう!」
圭一は財布を確認して出て行った。
……
圭一はコンビニから出ると、暗くなりかけた空を見上げた。
「キャトルまだかな…」
そう呟いて歩き始めた。
すると目の前に、黒ずくめの男が立ち塞がった。
「!?」
圭一と男の姿が消えた。
……
誰も来ないバーで、浅野はぼんやりとしていた。
「今日は閉店しようかな」
そうため息をついた時、カウンターの前に、黒ずくめの男が出現した。
「あらお客さん、今日は何飲むの?」
「…すぐに屋上に来い。」
ふざける浅野にそう言うと、男は消えた。
浅野は慌てて閉店の札をドアの外にかけると、屋上に瞬間移動した。
……
「圭一君!?」
屋上で、圭一は気を失わされて横たわっていた。
その傍には男が立っている。浅野を見ると、姿を変えた。
悪魔だった。
「!?」
浅野も天使「銀髪のアルシェ」に姿を変えた。
「圭一君に何をする気だ?」
アルシェ(浅野)が言った。
「取引をしたい。」
悪魔が言った。
「こいつの声をもらいたい。」
「!?」
「だが、条件によっては、そのままにしておいてやる。」
「条件とは?」
「こいつに、歌うことをやめさせるんだ。」
「!?無理だ!圭一君にとって歌うことは生き甲斐なんだ。」
「じゃ死なせるかい?」
「!?」
アルシェは息を呑んだ。
「すぐにでも殺せたのに待ってやったんだぞ。」
「死なせることもできない。」
アルシェは必死に平静を保って言った。
「わがままな奴だなぁ…。」
悪魔がそう言って、圭一に指を向けた。
アルシェはとっさに弓を構えた。
「おいおい…今その弓を引いたら、どうなるかわかってるだろうな?」
悪魔がにやりと笑った。
アルシェは、歯ぎしりをするようにして弓を下ろした。
(リュミエルは何をしてるんだ!?)
アルシェは自動的に交信をして悟った。
(圭一君を殺すと言われて魔界に呼び出されたのか。それも足止めを食らっちまってる。)
アルシェは、そうちっと舌打ちした途端、
「え?ばか!リュミエル!こっちにくるな!」
と、いきなり叫んだ。
リュミエルが屋上に出現し、圭一をすぐさま抱き上げた。
「!しまった!」
悪魔が言った。その時、多数の悪魔もリュミエルを追って現れた。
リュミエルは圭一の体をアルシェに横抱きにさせると、空へ飛んだ。
「乱暴な助け方だなぁ…」
アルシェはそう呟くと、自分も空へ飛んだ。
「リュミエルはいい!アルシェを追え!」
悪魔がそう叫ぶと、悪魔達がアルシェに方向転換した。
「わー!来るなー!」
アルシェが後ろをみながら叫んだ。リュミエルが気づいて、光の刃で悪魔達を攻撃する。
アルシェは両手が塞がっているため弓が持てない。とにかく必死に飛んだ。
「!!アルシェ!」
目を覚ました圭一が驚いていた。
「説明は後!しっかりつかまって!」
圭一は頷いて、アルシェの首に腕を回し、しがみついた。
その時、悪魔達が急にアルシェを追うのをやめた。
一体一体引き返して行く。
「!?」
アルシェは止まり、体ごと振り返った。
圭一も不思議そうな顔をして、悪魔達を見送っている。
遠くから、何か若い女の子の声がしていた。
アルシェがそっと悪魔達の後を追った。
見ると、相澤プロダクションビルの上空で、少女形の天使が光のムチを振り回して悪魔達を叩いている。叩かれた悪魔は、バシッという音とともに痛みで歪んだ顔を見せ消えて行く。消滅ではなく、自動的に魔界に封印されているようだ。
少女形の天使は、髪は赤いストレートのロングヘアーで、ピンクの短いチュチュをはいている。顔は、クリクリっとした大きな目に小さな口元で、少女漫画から抜き出てきたようなあどけない顔をしていた。しかし、その姿とムチが合うような合わないような…
「叩かれたい子は私の前にひざまずきなさーい!」
少女形の天使はそう叫びながら、ムチを振り回していた。
「……」
アルシェと圭一は呆然と見ている。反対側の上空にはリュミエルも同じように、呆然と見ているだけである。
「かわいい顔をしてなんつーセリフを…。親の顔が見たいよ。」
アルシェが呟いた。
しかし悪魔達は何かうれしそうに、少女形の天使に向かっていっているように見える。順番に叩かれては消えて行く。
最初に圭一をさらった悪魔はもういなかった。一番に叩かれたのだろう。
少女形の天使は疲れも見せず、踊るように優雅に回りながら、最後の一体まで叩き続けた。
アルシェは屋上に降り、圭一を立たせるようにして、降ろした。リュミエルも向こう側に降りて、仕事を終えて屋上に降りた少女形の天使を見ている。
少女形の天使はムチを一降りした。するとムチは少女の手の中に入って行くように消えた。
少女は圭一に向いて、両手を広げた。
「パパー!」
「!?パパ!?」
アルシェとリュミエルが同時に叫んだ。抱きつかれた、圭一は目を見張っている。
「キャトル?」
「うん!大天使様にこの体もらったの!これからパパといっぱい喋れるよ!」
圭一は涙を目に滲ませて、キャトルを抱きしめた。
「僕もこうして…自分の子を抱きしめたかった…」
圭一が言った。
抱き合う圭一と少女キャトルを、アルシェとリュミエルは微笑んで見ていたが…。
「キャトル…ムチはどこで手に入れたんだ?」
アルシェが言った。
「大天使様がくれたの。」
圭一から離れて、少女キャトルが言った。
「大天使様が!?」
少女キャトルがコクンと頷いた。
「少女形なら、ムチだろうって…」
作品名:銀髪のアルシェ(2)~少女天使~ 作家名:ラベンダー