有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客
D伯爵の晩餐と僕
就眠儀式は、一杯のホットココアで。ある嵐の夜の事。ヘルベルト・ファン・クロロック伯爵から、今夜も青白い使者がやってきた。レンフィールドと名乗るお仕着せを着た使者が僕に恭しく差し出した手紙には、今晩晩餐会に参加をお願いしたいと書いてあった。ヘルベルト・ファン・クロロック伯爵はプラチナブロンドに、青い瞳を持つ驚くべき美青年である。その柔らかい物腰と、流暢な造詣深い日本語は、まるで彼を何十年も生きた老人のように老成した感じに見せた。人々の噂では、クロロック伯爵家は元々ハンガリーの奥地の伯爵だったが、1XXX年の革命を運よく逃れてそれ以降は欧州を漂流していたらしい。正確には元伯爵と呼ばれるかもしれないが、僕は余り詳しくは知らない。皆、彼の事を「伯爵」と呼ぶその優雅な物腰と容貌から「伯爵」と呼ぶのが相応しい気がするのだろう。ひょんな事から知り合ったこの伯爵から晩餐会のお誘いに、僕は喜んで行く事にした。蔦が絡まるアパートの前には、黒い二頭立ての馬車が止まっていた。いつのまにか御者に代わった使者が、僕を乗せた馬車を駆る。螺旋階段のような、坂を駆け上がり、嵐の夜の中を飛ぶように走って行く。くるくると回る風景。暫く嵐の中を走ると、そこは黒い森。黒い森の中にあるまるで黒い墓石のような雰囲気の豪奢な邸宅の前で馬車が止まる。ここが、クロロック伯爵の邸宅。気がつくと、御者兼使者も二頭立ての馬車もいない。まるで、手品のように消えてしまった。一体、どこに行ってしまったんだろう。すでに、二十四人のお客は勢ぞろい。皆、夜会服や凝った衣装を身に着けている。しかし、就寝前に慌てて晩餐会にやってきた僕は青い縞のパジャマにガウンと言う姿で参加する。大概にこっけいな姿であるにも関わらず、誰もそれを指摘する事はない。それどころか、恭しく手を取られ挨拶さえ受ける。そう僕はクロロック伯爵の特別な客なのである。僕は伯爵を探して、部屋から部屋へ移動する。部屋の内装は四つの季節のモチーフで設えてあり、春、夏、秋と僕は順繰りに部屋をめぐるがクロロック伯爵は見つからない。最後の冬の部屋で、漸く伯爵を見つけた。窓の外には、先程までの嵐が嘘のように、白い雪綿のような雪が木々を飾り、暖炉には暖かな火が点っている。伯爵は、僕をにっこりと微笑んで手招いた。こちらの部屋においでと言って、伯爵は僕の首筋に唇を寄せた。伯爵の尖った歯が首筋に入り込んでくるような感触がした。そういえば、いったいぜんたい僕はどこで伯爵と知り合ったのだろう。思い出せない。暗転。気がつくと、そこはテーブルの上だった。僕は全裸で縛られて、大きなお皿に載っていた。目の前には、二十四人のお客様。みな、舌なめずりをしながら、お皿の上の僕を見つめている。どうやら、晩餐会のメインは僕だったらしい。みなさま美味しく、戴けましたでしょうか?
作品名:有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙