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 とは言え万が一の場合に備え、虎谷さんは伯爵に全てを話した後、舞台袖に控えることになった。伯爵がもし三羊さんか島狐さんに危害を及ぼすようなことをしたら、虎谷さんが伯爵を止めるという手はずだ。僕は人間嫌いの虎谷さんが、スタッフの大勢いる舞台袖にいるなんて大丈夫なのか、と心配になって尋ねたら、一度会ったことのある人間なら大丈夫だと笑われた。どうやら前日のリハーサルを、伯爵に頼んで一緒に覗かせてもらったらしい。第三者の審査がないと会えないとか、一度会ったから大丈夫という虎谷さんの人間嫌いにおける定義が相変わらず理解できないが、本人が言うなら平気なのであろう。
そして君は劇を観ていてもいいし帰ってもいい、と僕は言われたので、劇次第で決めようとのんびりしたことを考えていた。
 劇の前半は緩やかに進んだ。娼婦ロクサアヌ役の三羊さん、語り部を行う道化兼ロクサアヌの相手役の伯爵が出ると観客の間に拍手が湧き、皆が劇に魅入っていた。島狐さんはバックダンサーと聞いていたが、あまりにもバックダンサーが多くて見つけられなかった。
 劇はだいたいこんな話である。娼婦ロクサアヌは毎晩男と寝て稼いでいるが、ある日そんなロクサアヌを諌める男が現れ、二人はやがて恋に落ちる。だが次第にロクサアヌは男の純粋さに娼婦である自分との壁を感じ始め、自分には相応しくないと悶々とし始める。その上ロクサアヌの前に新たな男が現れて…というベタな恋愛ものだ。
 僕の説明ではわかりにくいかもしれないが、この時点で劇はそれなりに面白かったから、後半も観たいと思っていた。だが途中舞台がブラックアウトして会場が拍手に包まれている間、リハーサルを観ていた虎谷さんが「この後ロクサアヌは男を捨てて新しい奴の元へ行き、男は嫉妬のあまりロクサアヌを殺して終わるよ。あまりいい結末じゃないね」などとここへ来て何故か最低な暴露話をしたため、どうしようかちょっと悩んでいる。
 ブラックアウトした舞台から一筋のスポットライトが当てられる。そこにはロクサアヌの後ろ姿。彼女が「私には相応しくなかったのだわ」と呟く中、ゆっくり幕が下りる。そこで前半は終了した。
「さあ行こうか」
 僕はこっくりと頷く。ちなみに今日の虎谷さんの服装は黒いシャツに黒のベストで黒いズボンの全身黒、ベストから覗くスカーフだけが白い。白と黒じゃあ本当に参列者のように思えるが、虎谷さんは童顔のくせに何故かビシッと決まっているように見えてしまうところがあるから何も言えない。
「今回もこれで終わりだな」
「そうですね」
 未だ不満が燻っているような口ぶりだ。そして僕はと言えば虎谷探偵には申し訳ないが、いつも通りの力の要らない他愛のない仕事に、また安心を覚えていた。

作品名:POOL 作家名:つえり