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 三羊マリはかなり怪しい。
あの狼狽ぶりもそうだが、態度が大人しすぎる。
 白くなるほど握られた手に、本来の性格を隠しているような。自然過ぎる不自然な笑顔で、本当の考えを覆っているような。まあ、ともかく虎谷さんの言ったことは当たっていると見ていいだろう。だとすれば今回の事件も虎谷さんにとっては、不満の残るものだったろうか。
 だがここで、突如大きな音を立てて事務所の扉が開きそして閉められたため、思考は中断せざるを得なくなった。
「やはりそうだ思った通り三羊の浮気だった」
 入室してきた探偵は黒い外套や黒い帽子を荒々しく引っ掛けると、鞄から煙草を取り出して口に銜え始め、こちらを見向きもしない。
 やはり、と僕は思う。
 やはり今回の事件は、虎谷総一にとってはお粗末過ぎたようだ。舌打ち。火を点けるだけだというのに余分な動きの多い手。瑣末な事件しかないのは世の中が平和な証拠だが、瑣末な事件を大袈裟に伝えるしかない世の中はこの探偵にとって、苛立ちしか齎さない。虎谷さんにとって不満の残る事件になると―これはほとんどの事件がそうなのだが―虎谷さんはいつもこんな風に憤る。稀代の情報収集家にとって、これ程不幸なことはないのではないだろうか。
 案の定探偵は、煙草に火が点かないとわかるとすぐに煙草を屑箱へ捨て、檻の前をうろつく動物園のトラのように、窓の前を往復し出した。その内に空いた鞄から白い書類が出ているのをその横目が見つけると、皺ができるのも気にせず、ぐちゃりと片手で掴み上げた。同時に激昂して怒鳴った。
「もうこんなくだらない調査は止めにしたいものだね!しかも今回は劇が始まる前に貴方の恋人は不倫をしていますと告げなければならない、その上その劇は娼婦が不倫を繰り返す劇だときたものだ。とんだ茶番さ、バカバカしい!」
 叩きつけられた白が、机上で派手に散乱する。その内の何枚かは机に乗ることあたわず、ひらひら落ちた。
 波風を立てぬよう、あくまでも穏やかに僕は問う。
「しかし三羊が不倫することは、伯爵にも予想できていることなのではないですか?三羊はその……出が出だし」
 娼婦の出、だから。
 ああこれは僕の完全な偏見だ。
 そうじゃないそうじゃないよ次郎君、と大きく首を振る虎谷さんは、まだ怒りが鎮まっていないようだ。
「三羊はね、五年にもわたって不倫をしているよ。浮気相手は伯爵の付き人の島狐ジンだ。つまり伯爵と三羊が出会って一年足らずで、不倫が始まっていたってことさ。伯爵が予想できていようと知っていようと、僕はそれを告げねばならない。どっちにしろ嫌なことだ」
 要するにお粗末な真実を、折角まともに喋れるようになった伯爵に突き付けるのが嫌だと言うことか。
その時脳裏に浮かんだのは、島狐さんの儚げな表情。こんな印象を持ったのはもしかして島狐さん、自身の浮気を見破られたくなくって、わざとそうしていたからか。
「だから僕は人間が嫌いなんだ。……まあともかく、謎は謎でなくなった。あとは伯爵に全てを話し、報酬を頂くだけだ」
 窓に映る虎谷さんの表情はわからない。
「本当に全て話すつもりですか」
 止めるべきだと暗に含めて僕は言う。探偵は高らかにそれを撥ね退けた。
「予定は変更しない。劇の始まる前は恐らく面会謝絶になるだろうから、幕間の休憩時間に、伯爵に全てを話す。同行を頼むよ次郎君」
 振り返ってこちらを見る、頑なな虎谷さんの顔を見て、僕はまた例によってしばらくの間、底のない消極的思考へ落ちた。
 だがしかし、劇の幕は上がった。

作品名:POOL 作家名:つえり