小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

POOL

INDEX|13ページ/13ページ|

前のページ
 


 夜闇と街灯の光の間、地面に座り込んだ男がいた。
 纐纈次郎はとっくの昔にいなくなったが、この男は虎谷総一が消えた後から一歩も動かず立ち続けていた。
 胸中で繰り返されるのはたった一つの言葉。その一欠けらを、男は不意に零す。
「プールの底」
 無意識の行動にも関わらず、口にしたことで確信を得たのか、男にはうっすらと笑みが広がっていく。だがそれとは別に、目から一筋の涙も零れていた。
「待っていたよ……」
 泣き笑いの表情は、それまでの彼からは想像できない程醜く、歪んでいる。
 次郎君。プールの底には、「怪人」がいたよ。
 夜闇の中、板塀にもたれる「てながざる」だけが、全てを見ていた。

 翌朝纐纈次郎がA町の虎谷総一探偵事務所を訪れると、事務所の壁となっていた、広大な棚の中身全てがぶちまけられて荒れに荒れており、床一面が物の海のようになっていた。足場を作りながら次郎は書斎机まで移動したが、これといった物は何も見当たらない。その時ふと自身の真横に、中身が空になっていない、本の並べられた段を見つけた。何とか近寄ってその一列を手で押すと、がこん、と本が後ろへ下がり、同時に棚全体が鳴動し出す。驚く間もなく低い地響きを上げて、棚の内部で、板が自動的にパズルのピースをはめるかのように上下左右に動く。頭上で交差させられた棚は、半分に折れて回転している。周囲の棚全てが奥へ埋もれ前へ進み、まるでマスゲームのようだ。
 だが2、3分もすると、棚の動きは止まった。同時に次朗の目は自身の目の前に注がれる。
 棚がその身を退けて作り出したのは、人一人が優に入れる入口と下へと続くコンクリイトの階段だった。先は暗闇で何も見えない。
 次郎は何となく暗闇の先がプールの底へ繋がっているような気がして、顔をしかめた。それがこの事務所へ入って初めて行った顔の動きである。
 そうやってしばらく暗闇を見つめた後、次郎は静かに部屋を出た。





(おわり)
作品名:POOL 作家名:つえり