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伯爵は、あらゆる依頼人がそうするように、とうとう観念して依頼内容を告げた。
「依頼したいのは知り合いの女性の……というのも私の恋人なのですが、彼女の警備です。どうやら最近、彼女の周囲に不審な男がうろついているようなので、しばらくの間だけでもお願いできないかと思いまして。私の家の警備員を遣ってもいいのですが、何分我々は世間に知られたくない関係にあるものですから」
 ですから事を多くの人間に知られたくないのですがね、と僕をキッと睨む点まで他の依頼人と同じである。
「彼女は放っておいても大丈夫だろうと言うのですが、万が一のことがあるかもしれません。何よりその男があいつだとしたらまずいでしょう?」
「……あいつ?」
 しまったと思うより早く、伯爵は信じられないという顔つきで凝固した。
「すいません。先程帰省してきたばかりで、情報にはとんと疎く……」
「すいません、じゃないでしょう。『怪人』のことなんて、今時小さい子供でも知っています。わ、私は貴方があの虎谷総一氏の助手だと言うから、仕方なしに話をしているのに」
 とにかくすいませんすいませんとひたすら恐縮すると、その内伯爵は観念したのだろう、小さくため息を吐いた。悲しいことにこの点も他の依頼人と類似。
「とにかくこの解決、よろしく虎谷氏にお伝え下さい」

 扉を開けた途端、夜の静かな闇と秋の冷たい風に包まれた。まだ開発の進んでいないこの地域は耳をすまさずとも道端から虫の声が聞こえ、空き地から風にそよぐ草の音がする。街灯だけが誰もいない路上を、ポツポツと遠くまで照らしていた。
 肌寒さから逃げるようにして、僕はA町へ続くその道をできるだけ早く歩く。静けさの中に足音だけが妙にうるさい。
 誰かの声が背中に朗々と響いたのは、2つ目の角を曲がった直後である。
「探偵もとんだ遣いをよこしたもんだなァ」
 それは前置きもなく発せられた声だった。
 驚いて後ろを振り返ると、誰もいなかった路上の5メートルくらい先に、一人の男が立っている。シルクハットが影を作って顔はよく見えなかったが、男は街灯をスポットライトの如く浴びて、ニヤリと笑っていた。
 白い肌とは対照的な真っ黒なシルクハット。先端の金メッキが街灯に反射したステッキ。パリっとしたシャツと緑のベストに茶色いズボンは、先程話した伯爵に負けず劣らず上等で、洒落た服。
「うるさい。何者だ」
 不意打ちのような登場はともかく、伯爵の態度同様この手の野次には慣れていたから、僕は臆することなく返す。しかし上等な服からして、男は実は大層な身分の方なのかもしれない。少し横丙な口のきき方だったかな、と不安になると、男はまたニヤリと笑った。
 人の心を読んだかのような嘲笑。
こいつはもしかしたら、さっき伯爵が言っていた「怪人」か。
 ゾッとする僕を見て、男は更に顔を嬉しそうに歪ませた。
「『怪人』はいるよ。でもオレじゃない」
くるりとステッキを一回転させて続ける。「オレは『てながざる』って言うんだ」。
「手長猿?」
「そうだ、『てながざる』だ」
 男、「てながざる」はカツンとステッキを地面につける。その洒落た仕種と同時に、何故か「てながざる」は一歩後ろへ下がった。
「忠告しとくよ役に立たない遣い」
 底冷えするかのような冷たい目に、手も足も出ずに竦む。立場は完全に逆転していた。
「『怪人』はいるよ」
 更に一歩下がる「てながざる」。
 いや違う。下がってなんかいない。僕は街灯に目を遣った。
 街灯の光が萎まっているんだ。
 スポットライトの如く。
「どういう訳だ」
「意味などない」
 ダメだ。街灯の灯りが消えていくトリックはわからないが、いずれにせよ光が消えたら「てながざる」を見失ってしまう。
 だけど僕は、僕はすっかり奴の目に居竦められてしまって、全く動けない。
「『怪人』はいるよ」
 片手を高々と挙げ、「てながざる」は深々とお辞儀した。
「それでは」
 スポットライトは完全に消え、そうして洒落者も消えた。

作品名:POOL 作家名:つえり