影の世界
第二話:一匹コウモリ
「やっぱ駄目だなぁ」
情けない声は吸血鬼御用達の『黒い羽根』というコウモリ専門店
から聞こえてくる。
そこには、ちょっとした人だかりができていた。
あの宴の後ディーは他の吸血鬼たちに誘われて、早速使い魔になって
くれるコウモリを探しにきたのだ。
餌を片手に悪戦苦闘しながらコウモリを追い掛け回しているディーを
横目に、
「ディーってさぁ……なんでコウモリが懐かないんだろうな」
コウモリに囲まれて黒く塗りつぶされたようになりながらぼそっと
呟くのは、ヴァン・K・ライルミアスだ。
外見は20代前半の852歳の吸血鬼。
短髪ですっきりとした印象の顔立ちをした青年である。
律儀な両親のもとで育ったライアスは、生まれてから今まで正確に
年齢を数えている。
ことさら時の流れに無関心な吸血鬼としては非常に珍しい
正確の持ち主だ。
困っている人を放っておけない性質なのか、宴のときにディーがどうやって
輪に入ろうかと悩んでいるところに真っ先に駆け寄ってきたのだ。
大勢の吸血鬼が気まずさや身分差、その他諸々の理由でディーを遠巻きに
見ているだけだったのだが、
『なぁ、俺ライルミアスって言うんだ。友達になろうぜ」
王の息子だから、とかそんなことは関係のない事らしく、簡単な挨拶と共に
かけられた一言はディーにとってとても嬉しいものだった。
『うんっ』
広場に着いてからディーはずっと借りてきた猫状態。
表情も浮かない、視線から避けるように身を縮めていたため陰鬱な印象があった。
だが、元気のいい返事と満面の笑みにライアス、他大勢は表情を緩ませ壁が崩壊
したかのように我先にと吸血鬼の試練について語り出す者や、人間に会ったことは
あるか、などと質問攻めにする者などにディーはあっという間に囲まれた。
――そして今に至る。
店には入りきらないほどの人数がディーの様子を見ようと顔を乗り出して注目
していた。
しかし、期待には及ばず……
「やっぱり、駄目だ……」
がっかりした表情でディーはライアスのほうを見る。
「ライアスはいいよね。そんなにたくさんのコウモリに囲まれて」
「は……ははは……」
じとっと恨めしそうに見られれば、もう眼を逸らして笑うしかない。
とはいえ、ライアスには本当に不思議でたまらなかった。