影の世界
第一話:落ちこぼれ吸血鬼
「ディー様、夜です。起きてください」
少女が棺おけを覗き込みながらその中に声をかける。
棺おけの中身は真っ暗で何も見えない。
「ん……まだ寝る」
一時の間が空いた後、間延びした声が棺おけから響いて
きた。少女は一瞬顔をしかめ、そして溜息をつく。
「今宵はディー様のために宴が開かれるのです。宴の主
役がいなくてどうするというのですか。さぁ、早く起き
てください」
言いながら、棺おけの中に勢いよく腕を突っ込んだ。
「……! うわぁっ!」
情けない悲鳴が聞こえる。
そして――
「いたた……なんてことするんだよ。棺おけの中に
手を入れるなんて」
棺おけの中から少女に引っ張られて出てきたのは、髪は
漆黒、瞳はエメラルドグリーン、そして肌が驚くほど白
い少年だった。
外見からすると18歳前後に見える。
「おはようございます、ディー様」
何事も無かったかのように振舞う少女を、ディーは恨め
しそうな眼で見た。
「何がおはようございます、だよ。僕はまだ寝てるつも
りだったのに……あれ? でもリアが僕をこんな風に無
理やり起こすなんて珍しいね。どうしたの?」
「ディー様のお父様の命令で参りました」
にっこりと優雅に微笑むリアと呼ばれた少女。
幼い容姿を裏切った裏のある笑顔は薄ら寒い何かを感じ
させる。
「……父さん?」
「ええ。ですから早く支度を済ませてしまってください。
皆、首を長くして待っています」
ディーの表情が不機嫌なものから、戸惑ったものに変わる。
「なんで? だって僕は――」
戸惑い、逡巡するディーにリアは
「ディー様の意思などここでは関係ありません。それは
ディー様が十分ご存知のはず。さぁ、いつまで皆を待た
せるのですか」
リアの声は有無を言わせない響きを持っていて、その声
にディーは肩を落とす。
確かに、そうだ。
ここでは僕の意思なんて何の意味もなさない。
「わかった、よ」
諦めたように呟くと、ディーは服装を整えはじめる。
立ち上がったディーの背はさほど高くないが、均整がと
れていて見る者を惹きつける。ディーが着たのは真っ黒な服。
ただでさえ白い顔と手が、黒い服に映えて余計に白く見えた。
「ほら、これでいい?」
支度をし終えたディーはくるりと回転してリアに見せる。