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骨まで愛して

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「え? いいよしないから。それより、どっから?」
「え?どっからって?」
「どっからかけてるの?」
「え、家だけど」
「ふーん」
 短い会話の中から、想像した。女は二十代後半。当然、ブス。男日照りの変態OLで、趣味はオナニー。テレクラ男をテレフォンセックスに誘い、自分が絶頂を迎えた瞬間にガチャ切り。結果、僕は延長料金を払う羽目になり、萎んだ財布と膨らんだ欲望を抱えて、寂しく家に帰る。
 そうは行くか。お前の好きにはさせない。僕は残り時間を確認し、作戦を立てた。どうせ自宅コールの冷やかし女だ。五分だけ話して脈がなければ、たまには僕の方から死ねとか変態とか馬鹿とかそんなような捨て台詞を吐いてガチャ切りし、十分でオナニーをして帰ってやる。
「なんで? 家じゃない方が良かったの? すぐに会って嫌らしい事したかったんでしょ」
「まあね」
「じゃあ電話でしてもいいよ」
 テレビの中でオナニーをしていたAV女優が絶頂を迎えた。この女もきっと同じように、ベッドに寝そべって股間を弄っているのだろう。そう思うと意地でも邪魔してやりたくなった。
「だからいいって。電話じゃつまんないよ」
「声いいね」
「え? 何て言ったの?」
「声いいね」
「そんな事初めて言われたよ」
「今日は仕事休みなの?」
「まあ、連休だから。そっちもでしょ」
「違うよ。わたし会社員じゃないから」
「へー。仕事何やってんの?」
「一応、モデルだけど」
「へー。すごいね」
 さ、電話を切ろう。モデルがテレクラに電話して来るなんて、叶姉妹がユニクロのスエットを着て牛丼屋にいるくらいあり得ない。僕はリモコンの再生ボタンを押して早送りをノーマルスピードに戻し、テレビのボリュームを少し上げた。よくお世話になったAV女優が、見慣れたAV男優にブラジャーを外されていた。
「そっちはどんな仕事してんの?」
 ティッシュペーパーを引き抜こうとしたその時、女が聞いた。
「広告代理店」
 僕は、計画を少しだけ変更する事にした。三流とは言え、曲がりなりにも広告代理店と名の付く会社で働いている僕に、素人が嘘を吐き通せる筈がない。襤褸の出そうな質問をして、やり込めてやる。そして最後に酷い言葉を吐いて、電話を叩き切ってやる。僕は退屈で孤独だった連休のストレスを、嘘吐き女に向かって発散したくなった。
「へー、代理店かあ。そっちの方がすごいじゃん。電通とか?」
「まあね。そっちは事務所とか入ってんの?」
「一応ね」
「何ていう所?」
「言ってもどうせ分かんないよ。ちっちゃい所だから」
「ふーん」
 やはり答えられない。女の動揺が伝わって来る。次はどんな質問をしてやろうかと言葉を探していると、苦し紛れに女が言った。
「そっちはどういう広告やってるの?」
「いろいろだよ。トヨタとかサントリーとか」
「えー、すごい。何でそんなすごい会社にいる人がテレクラにいるの?」
「それはこっちの台詞だよ。何でモデルがテレクラに電話してんの?」
「はは。話面白いね。言われない?」
「言われた事ないよ」
 僕は突き放すように言った。そろそろ時間だ。もうこんな変態に付き合っている暇はない。時計に視線を移した僕の耳に、特大の溜息が聞こえた。
「でも私さあ、モデルって言ってもそっちが期待してるようなモデルじゃないから」
「じゃあ、どんなモデルなの?」
「まあ……、チラシとかさあ、通販のカタログとか……。そっち系」
「へー、そうなんだ」
「事務所もエキストラ事務所にちょっと毛の生えたような所だし、レッスンとか宣材とかでお金ばっかしかかってさぁ……っていうかあなた今エッチなビデオ観てない? ちょっと前から喘ぎ声聞こえてんだけど」
「はい? 観てないよ」
 動揺して椅子から起き上がった。念の為鍵のかかったドアを振り返り、女がそこにいない事を確認した。
「嘘だ。絶対観てる。ビデオ観ながらおちんちん触ってたでしょ」
「だから観てないって。隣の部屋の奴だよ。さっきからずっとうるさいんだ」
 もしかすると、女の話は本当かも知れない。素人の口から宣材なんて言葉が自然に出て来る可能性は低いし、モデル事務所に入っても余程有望でない限り、なんやかんやとお金を取られると聞いた事があった。三流でもモデルはモデル。ブスはお金を払っても事務所には入れない。電通の社員でもなく、トヨタともサントリーとも仕事をしていない僕は、不自然にならないように少しずつテレビの音量を下げ、一時停止ボタンを押してビデオを止めた。ちんちんを銜えたAV女優のアップで画面はフリーズし、僕は少し前まで最悪のブスだと想像していた女の顔を、画面の顔に置き換えた。
「ふーん。まあ、いいけど。営業やってんの? クリエイティブ?」
 その質問で確信した。百パーセント、本物だ。
「クリエイティブ。デザイナーだよ」
「すごいなぁ。今度何か出してよ」
「いいよ。可愛いの?」
「どうかな。普通の人よりはいいと思うけど」
「いくつ?」
「二十六……。もうすぐ七になっちゃうけど。そっちは?」
「二十八。もうすぐ二十九」
 二十七歳にもなって売れていないモデルが、これからブレイクするなんてあり得ない。年増になっても夢を諦められない馬鹿モデルを、家電のポジしかレイアウトした事がないような僕が頂く。そんな想像に期待と股間が膨らんでいった。
 時計を見た。
 あと十分を切っている。支度時間を考えると、あと五分強だろう。もし延長したら、明日の昼飯は確実に立ち食い蕎麦だ。
 時間がなかった。あと五分ちょっとの間で、いかに僕が華やかな仕事をたくさん持っていて枕営業するに値する優秀なデザイナーであるかをアピールし、連絡先を交換しなければならない。どうしよう。眉間を揉みほぐしながら必死で策を練る僕に、女がとんでもない事を言い出した。
「エッチしたら出してくれたりして」
「え……、まあ、そういうのもアリだけど」
 喉がカラカラに乾いた。こんな上手い話が、今までの人生であっただろうか。
「やったー。じゃあ今度会おうよ。今日は無理だけど。あ、取り敢えずこのまま電話でエッチする?」
 ぱっと明るくなった女の声が、僕を有頂天にさせた。
「したいけど……、今日は無理なんだよ」
「何で?時間ないの?」
「うん、もうそろそろ出ないと駄目なんだ。この後打ち合わせだから」
「へー、忙しいんだね」
 最高の展開だった。仕事に追われる売れっ子の僕。電話番号を聞くきっかけも出来た。
「まあね。連休も関係なしって感じで嫌になっちゃうよ」
「ふーん。連休休みじゃなかったの? まあいいけど」
「え、あっ、あんまし忙しいって言うと何か嫌味な感じするかなあと思って」
 冷や汗が垂れたが、何とか上手く誤摩化せた。尻の間に掻いた汗が、誇らしくさえ感じた。
「そっか。じゃあ連絡先教えて。電話するから」
「ほんと?」
 テーブルの上のメモ用紙を、遂に使う時が来た。口説きに入ったテレクラで、逆に女の方から口説かれる快感。女から電話番号を聞かれた経験なんて、思い起こす必要すらなかった。初めてだったからだ。
「今度暇な時会おうよ」
「うん、いいよ」
作品名:骨まで愛して 作家名:新宿鮭