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魔女と猫のフラスコ

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(終) 瑣末事



 ――ボクはナナシー。立派な魔女になるために修行中。
 お師匠様は相変わらず旅に出たままで、たまに帰ってくるけど、基本的にボクは一人で修行を続けているんだ。
 つい最近、そんなボクに相棒ができたんだよね。相棒といっても猫なんだけど、これがまた面白い経歴を持つ猫で、なんと元化け猫なんだ。信じられないぐらい強い力を持った化け猫だったんだけど、今はただの猫。ううん、ただの太った猫。
 図体もでかけりゃ態度もでかい。胃袋もでかい。高級魚のすり身以外は食べない。食べないどころか、いくら呼んでも近寄りもしない。ホントに生意気。放り出したい。
 いつも勉強の邪魔をするんだ。器具とか本とかぐちゃぐちゃにしてさ、いくら片付けてもすぐに散らかしてくれる。おかげでボクの研究室はいつも物が散乱してる。ボクが整理整頓が苦手なんじゃないからね。絶対に違うよ。
 昨日なんか、大事なフラスコを体中でごろごろして遊んでいたんだ。だからボクは言ったんだ。これはキミのだけどキミのじゃないってね。
 あっと、フラスコで思い出した。話が逸れちゃったね。ごめんごめん。
 これは記録。ボクが一人前になれたかどうかを示す記録ってことになるのかな? うん、まぁとにかく記録なんだ。
 魔女が一人前になって独り立ちするには、師事したお師匠様が出す課題をこなさないといけないんだ。試験だね。
 それで、ボクの試験は“キミを元の世界に戻すこと”にしてくださいってお願いしたんだ。お師匠様でもできないことだけど、ボクはそれをやらないと一人前になったなんて言えないし、言っちゃいけないと思うんだ。
 ボクはキミを元の世界に帰す。それだけじゃない。元の身体に還す。元通りに、一つの存在に戻す。それがボクの卒業試験。
 だから記録。決意表明。
 この記録がキミの耳に届いたら、ボクの卒業試験は成功したってことさ。
 ボクはキミとの約束を守ったよ。いやまぁ、これを記録している今はまだ守れてないんだけどさ。

 キミから吸い出したエーテル原液は、一滴も使わずにキミに返すことにしたんだ。といっても、フラスコ半分の量しか残ってないケド。
 普通の猫として暮らした記憶をキミに届けられたらいいなって思う。キミの力は強大すぎるから、普通の猫に戻るのは大変なことかもしれない。でも、諦めないで頑張って! 手伝うことはできないけど、ボクは応援してる。ボクは信じてる。キミにも普通の猫になるって夢を叶える日が訪れるって。
 その前にボクが一人前の魔女にならないとね。アハハハハ――

 *  *  *

 ……む? 説明せよと申すか。
 吾輩の口から事の仔細を話すは雅に欠ける行為となる故、容赦願いたいのである。さりとて、吾輩がこの話をしておる事で、この物語が完結しておらぬ理由も、吾輩の口からは語れぬ理由も察しが付こう。

 さてさて、吾輩の話はこれにて仕舞いである。恐らくはこれが最後となろう。
 む? 何故《なにゆえ》かとな? その様な瑣末事に興味を抱くとは思わなんだぞ。なぁに、吾輩の願いが叶う日がもうじき訪れるというだけのことよ。

 そうそう、帰る前にそこな硝壜《フラスコ》をこちらへと運んでおいてもらえぬであろうか?


 ― 了 ―
作品名:魔女と猫のフラスコ 作家名:村崎右近