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ラベンダー
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走れキャトル!(3)~魔術師 浅野俊介 第0章~

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「幼馴染と?」

バイオリニスト秋本優(ゆう)は相澤プロダクションの自室で、向かいのソファーに座っているガールフレンドのアイドル歌手、荒川真美に言った。

「はい…今度のお休みの日に…一緒に遊園地へ行こうって…。」

真美が少し申し訳なさそうに言った。

「そうか。会えないのは残念だけど、真美もつきあいあるもんね。いつも俺の都合に合わせてもらってて、行くなとは言えないなぁ…」

秋本が微笑んで言った。

「ごめんなさい。」
「楽しんでおいで。」
「はい。」

真美は頭を下げた。

……

真美は部屋を出てから、ほっと息をついたが、少し不機嫌になった。

(男の子か女の子かも聞かなかった…)

真美は廊下を歩いた。

(一言聞いて欲しかったな。でも聞かれても困るけど…)

そう幼馴染の男の子「英介」と行くのだ。
その子とは久しぶりに会った。話すうち、ジェットコースターの話になり、乗ってみたいと真美が言ったのだ。それで「一緒に行こう」と言うことになった。何か成り行きでそうなってしまったが、正直後ろめたさはあった。
だが、このところ真美は秋本が自分の事をどう思っているのかわからなくなっていた。
未希は沢原から毎日メールが来て、ほとんど毎日会っているという。…正直、うらやましい。
対して、秋本は真美の休みの日だけにデートを限定している。ステディでなくていいと言ったものの…真美には物足りなかった。
思いきって、仕事の後に会いたいと言ってみた事がある。だが、秋本はいつも

「…ちょっと今日は用事があるんでね。」

と、断るのだ。付き合い始めは、毎日のように会っていた。それが1カ月程経ってからだろうか、真美の休みの日だけしか会わなくなった。
多分、ガールフレンド達に何か言われたんだろうと思う。しかし恋人じゃなくていいと言ったのは自分だ。わがままは言えない。

……


翌日-

真美は英介と遊園地にいた。
遊園地は小学校以来かもしれない。顔を知られてはいるが、あえて隠さなかった。
通り過ぎる家族連れやカップルが自分を見ているのがわかる。幼なじみの英介が少し自慢げにしているのもわかる。

「先に観覧車乗ろうよ。」

英介が言った。

「うん」

真美が答えた。

……

真美は久しぶりに楽しい時間を過ごし、満足している自分に気がついた。正直、秋本と一緒にいる時間よりも充実していたように思う。英介はまた誘ってくれると言った。真美はうれしかった。

その日から、英介から毎日メールがきた。たわいもないメールだがそれでもうれしい。
そのうちに、真美から秋本の誘いを断るようになった。
秋本は何も言わなかった。食堂で顔を合わせても同じテーブルで食べることはなくなった。

……

「いいんですか?秋本さん…」

圭一が心配そうに、秋本の部屋で秋本に言った。

「真美とこうなることはわかっていたからな。仕方ないよ。」

秋本があきらめたような笑顔を見せて言った。

「でも…。」
「全く話すことがないってわけじゃないんだ。昨日も一緒に収録の打ち合わせに行って、普通に会話はできたから。新曲も多分歌ってくれるだろう。」
「新曲…秋本さんが真美ちゃんのために作ってること…言ったんですか?」
「言わないよ!そんな恥ずかしいこと!」
「そんな…」
「亮にも協力してもらったから、ライトオペラで作曲したことにしてもらうことにしたし…俺が真美のために作ったなんて知られたら、今更押し付けられるみたいで向こうも嫌がるだろう。」
「そうでしょうか…」
「…昨日もさ、真美が休憩時間とかうれしそうにメールしてるの見て…やっぱり俺じゃだめだったなって、確信したんだ…。メールとかデートとかマメにできないんだよ…元々…」
「秋本さん…」
「真美とのことは、もう気にしないでいいよ。曲のことも真美には内緒な。」
「…はい…」

圭一は少し不満げに返事した。

……

同時間-

真美は英介と、ホテルのフレンチレストランにいた。
ホテルの1階がレストランで、窓側の席で食事をしている。
通り過ぎる人が、真美が食事しているのを見て、指をさしたり手を振ったりしている。
英介はわざとこの席を予約したのだろう。とても自慢げな顔をしている。

正直、真美は少し不安になっていた。
英介は真美が好きだというより、芸能人である真美と一緒にいることを自慢したいだけなのではないかと思い始めたのである。

「美味しい?」
「うん。」
「良かった。」

英介はにっこりと笑った。その笑顔で、真美の不安は解消されてしまった。

「…今日、うちに来ない?」
「…え?」
「おふくろがさ、久しぶりに真美ちゃんに会いたいって言うんだよ。」
「そうなの。いいわよ。」
「良かった!おふくろに電話してくるよ!」
「うん。」

そう言えば、英介の母親に会うのも久しぶりだった。考えすぎだったかな…と真美は反省した。
帰りにプロダクションに楽譜を取りに行かなければならなかったが、遅くなっても構わないだろう…と思った。

「…私もちょっと化粧直しして来よう…」

真美は立ち上がって、トイレに向かった。


トイレは男女並んであり、英介がこちらに背を向けて電話で話していた。
それも結構大きな声で話している。
トイレに入ったところで、真美は思わず立ち止まった。

「ほんとだってば!今だって外から見られてさ。気分いいのなんのって!…え?まだだよ、それは。今日家に誘うからその時かなー。うまくいったら、また連絡するよ。…え?真美のアイドルの友達?…うーん、さりげなく聞いてみようか?うまく紹介してもらえたら、一緒にデートってのもいいしな。」

真美は体が震えるのを感じた。…やはり、ただ自慢したいだけだったのだ。
…だが、真美は化粧直しを終えると、すぐに出た。
英介はもうそこにはいなかった。

席に戻ると、驚いた顔でこちらを見ている。

「どこ行ってたの?」
「ごめんね。化粧直しに。」
「そ、そう…」

英介はとまどった表情をしていた。さっきの電話を聞かれたのかどうか、不安に思っているようだ。
だが、真美は全く知らぬふりで食事を続けた。知らぬふりと言っても、顔には笑顔がなかった。

外を歩く人が手を振った。真美は笑顔で手を振り返した。だが、また無表情になって、デザートを食べる。

「ね、ねぇ、真美ちゃん。」
「何?」
「…おふくろが何時に来てくれるかって…」
「ごめんなさい。私、さっきトイレに行った時、電話があって…仕事が入ったの。今日は無理だわ。」
「…そうか…じゃ、今日はあきらめるよ。…いつ来れるかな?」
「もう会えないかも。」
「えっ!?」
「…今日はありがとう。ごちそうさま。お友達によろしくね。」
「!!!」

真美の最後の言葉で、英介の顔が真っ青になった。

「食事代は私が払っておくから、ゆっくりして。」

真美はそう言って、本当にレジで料金を払って帰って行った。

……

真美はプロダクションに向かうタクシーの中で、涙を流していた。ハンカチで何度も涙を拭う。
ふと秋本に会いたいと思った。
…だが、それは自分勝手だと悟った。

(楽譜…取りに行ったら、すぐに帰ろう…)

真美はそう思った。

……