ひまつ部①
部員勧誘
「お兄ちゃん! 今日放課後どこ行ってたの!」
いつもより2時間ほど遅く帰宅いた俺に待ちうけていたのは爆発した陽向だった。
「わ、悪い。急きょ予定ができちゃってさ。連絡できずじまいになっちゃって」
「わたしをほったらかすほどの大事な用事なんてこの世に無いはずなのに!」
陽向がわんわんとわめき散らす。
あぁ、こうなるともう手が付けられないんだよな。
「あー、悪かったから! 兄ちゃんが悪かったから! 1つなんでも言うこと聞いてやるからさ! なっ? 機嫌直してくれよ」
「なん… でも…?」
「あぁ、なんでも聞いてやるから、な?」
ぶぅっとした表情から見る見るうちににこやかになって行くと思いきや、くるりと俺に背を向け不敵な笑い声が聞こえ出した。
「お、おい陽向…?」
そっと顔を覗き込もうとした俺は陽向の不敵な笑顔を直視できなかった。
こいつは一体何を考えてんだか。
晩飯を済ませ、ゆっくりと風呂に浸かる。
何だかんだで今日は疲れたわ。
「…部活、か」
俺は放課後ティアに言われたことを思い出していた。
「――アンタ、今日からうちの部に入りなさい!」
「って、なんだよ急に! それに部活ってなんだよ!」
明らかに思いついたような発言に俺はツッコミを入れざる終えなかった。
「何って、部活よ。暇つぶしをするための。そうね、暇つぶし部だから… ひまつ部ってのはどう? ちょっと可愛いじゃない」
「可愛いとかそういう問題じゃなくて! 明らかにまだ部として設立してねぇし、俺はそんなものに入るつもりはない」
こいつの思考は一体どうなっているんだ。俺の話を全く聞いちゃいないな。
「部の設立ね! その辺は任せておいて! また明日の放課後この部屋に来ること! 良いわね! 来なかったら、放課後人気のない部屋でアンタがアタシを襲おうとしたって言いふらすからね!」
「おぃ、全部デタラメじゃねぇか! そんなデタラメに誰が信じるってんだ!」
「じゃぁ試してみる…?」
胸元のリボンを緩め、スカートのチャックを降ろし始めるティア。
表情を潤わせ、ほほを少し染める。上目使いに腰を降ろし始める。
「お、おい… 一体何を」
「ふふ、この乱れた服装の状態でアタシが叫べばどうなるかしら」
「だから、それは! ――っ」
ニヤリと黒い笑顔を造るティア。
いくらでっち上げとはいえ、放課後の誰もいない部屋、乱れた服装の女の子。
これじゃぁ確かに俺の方が圧倒的に不利である。
っつーか、これ完全に脅しじゃねーか!
「わぁーったよ! 明日も来るから服戻せよ!」
「それでよぉし! 女の子には優しくしなきゃね☆」
ニコっと微笑みながら立ち上がるティア。
ぽすっ
チャックが降りたまま立ち上がった彼女。見事にスカートだけがずり落ちた。
「――え?」
「ぎゃああああああああああああっ」
気がつくと俺は宙を舞っていた。へぇ、人間も空飛べるんだな…
そんなくだらないことを考えながら俺は彼女に殴り飛ばされた。
「まったく、油断も隙もありゃしない!」
「っー… って全部お前の不注意だろうが!」
「うるさい! 理由はどうあれ乙女のスカートをずり下ろすなんて!」
「いや、もう訳わかんねーし! お前が勝手にスカート降ろしたんだろうが!」
「アタシの身体が目的だったのね! なんて卑劣な!」
何これ、もう反論する気も無くなるよ。
「とりあえず、明日の放課後にまたきなさいよ! このスケベ!」
彼女の破天荒ぶりに振り回されつつ、俺は翌日もここへ来る約束を取り付けられてしまった。
俺の平穏な日々よ、カムバック…
「…」
なんか思い出すだけで腹が立つな。
俺はティアに殴られた脇腹を押えながら、黄色い縞模様を思い起こした。
いや、違う。決して見たかったわけじゃない。見えたものは仕方ないんだ。
これは不可抗力なんだ。
くだらない自分自身への言い訳を考えながら夜は更けて行った。
翌日の放課後。
ホームルームを終えた俺は、約束通り多目的ルームへ向かう準備をしていた。
今日ものんびりと夕陽を見れそうにもないな。
机の中の教科書類を適当に鞄へ詰め込み、俺は席を立とうとしたその時――
目の前にはティアがいた。
「さぁ、いくわよ!」
「ちょっ おま、急になんだよ!」
彼女は俺の腕を引っ張りながら教室を後にした。
「蒼空! アタシ達に足りないものは何!」
「何を唐突に…」
急にやってきたかと思えば、無理やり多目的ルームへ引っ張りこんだと思えば、俺達に足りないものとか言ってくる始末。
しかしがっちりと掴んだ俺の両腕は離してくれそうにもない。
「とりあえず落ち着け。ンで何があったんだ」
「落ち着いてるわよ、バカ! アタシはいつだって冷静沈着。そう、それは真実はいつもひとつのように!」
ごめん、もう訳がわからん。質問した俺がバカだった。
余計なことは言わずにコイツの赴くままにさせてやろう。遠回りなようだが、これが近道な気もする。
激しく残念ではあるが。
「足りないものって、部活の事だろ? 正直足りないものだらけじゃねーか。部室もねーし、部活の目的も危うい。それに顧問やら他の部員だっていない。そのあたりは考えあっての行動じゃなかったのかよ?」
「ぐっ…」
ややたじろぐティア。てか、その辺考えてなかったなコイツ。
コイツに任せておいていいのだろうか。何事もそうだが、俺は中途半端なことだけは嫌いだからな。
やるからにはしっかりとやらせてもらう。
「も、もちろんそのあたりは考えてあるから大丈夫よ! それよりも、まずは部員を勧誘しないことには始まらないじゃない!」
「要は部員募集の話だな。それだったら勧誘ポスターがあるだろう。各校舎の入り口すぐに大きな掲示板があるからそこへ貼りつけておけばいいんじゃないか?」
この時期は新規部員募集が目立つからな。
早いこと動かないと部員が有名どころに持って行かれる恐れがある。
「なるほど、ポスターね! 任せておきなさい! 明日までに作ってくるから。そのほかのことも任せておいて! じゃあ今日はこれにて解散よ。忙しくなるわよー!」
言い終わるかどうか、という時点で多目的ルームから出ていくティア。
もはや彼女のやりたい放題である。
「まぁ、自分でまかせとけっていうくらいだしな。明日、結果がわかるだろう」
気を取り直して俺は帰路へ付いた。
今日は陽向は部活動だったな。こういう迎えに行けるときに限って、都合が合わなかったりするもんだよな。
そんな割とどうでもいいことに思考を巡らせつつ俺は学校を後にした。
翌日放課後。
案の定、溢れすぎて困りますと言わんばかりの笑顔が目の前にあった。