ひまつ部①
会議
放課後、ひまつ部部室にて。
いつも通り何をするかも良くわからない部室へ俺はやってきた。
しかし部室がやけに静かである。ドアを開け中に入ったのだが、そこにはソファーの上にちょこんと座った春樹の姿があった。
「おつかれーはる。他の2人は?」
「2人は新作のゲームを買いに行くだって。今日は来ないらしいよ」
静かにそう言うと、目線を持っていた雑誌へ戻す春樹。
今日は『乙女に変身するための超絶12テクニック。これだけは覚えておきなさい!』というものだった。
…はる。お前はどこを目指しているんだ?
「あいつら… 陽向も今日は料理研究部で来れないみたいだし、俺達2人だけになっちまうな」
「うん…」
俺は大テーブル側の席に座り、大きく屈伸をする。
たまには静かな部室もいいもんだな。
「蒼空。今日は何をする?」
読んでいる本から視線を外すことなく、静かに質問する春樹。
春樹も何かしたいみたいだけれど、2人だけじゃなぁ。
手持無沙汰な俺は何をするか考えるものの、思いつく当てもなく思考が宙を舞っていた。
「やることねぇし、今日は帰るか」
「…そうだね」
少し声のトーンが下がる春樹。みんながいないと物凄く静かな子なんだな。
新たな春樹を発見できた小さな喜びを感じていたところ、不意に部室のドアをノックする音が響く。
「失礼するよ。ここがひまつ部の部室でよかったよな?」
中へ入ってきたのは茄奈だった。意外な来客に俺と春樹は顔を見合わせた。
「茄奈? どうしたんだ急に? 何かあったか?」
「いや、ひまつ部のことをロリと春樹から聞いてたからな。どんなものか見に来たんだ。今日はバイト遅番だから時間も少しあるしな」
茄奈は部室の中を見回しながら、へーだのはぁ、だの感嘆の声をあげていた。
「蒼空、この部は一体何をする部活だ?」
「そ、それは…」
痛いところを突かれた。正直ティア意外この部活が何をするものなのか分かっていない。もしかするとティア自信もわかっていない可能性がある。かといって良くわからない、と答えるのもいい気分はしないな。ここは、うまく言葉を濁しておこう。
「実はまだ正確には決まってないんだ。部員もある程度揃ってきたところで、これから活動方針を考えて行くところだからな。現状は暇つぶしな部活になってはいるが…」
濁すつもりがありのままをしゃべってしまった。ダメだな、こういうのはあまり得意じゃない。
「まぁティアが作りだした部活だからな。そんなもんだろう」
あっはっは、と笑いながら茄奈は大テーブル側の席へ腰掛ける。丁度俺と向かい合わせになる形で。
「でもみんな揃って楽しそうだよな。私も部活に参加していいかな? バイトまでの空き時間って結構暇だしさ」
「な、なんだって!」
これは願っても無い申し出だった。むしろこちらからお願いしたい程である。ティアを始めロリや陽向の扱いに慣れている茄奈がいてくれれば物凄く助かる。常識ある人がこれほど頼もしく見えるこの環境が悲しい限りだが。
「本当か! バイトに影響でない程度で構わないのでよろしく頼むよ、茄奈」
「おぉ、茄奈も来てくれるのか。正直はるだけではティアとロリをなだめるのは大変だったところだ」
春樹も似たようなことを考えていたようだ。若干俺の存在が飛ばされているような発言が気になるところだが。
「ははっ 確かに面白いメンツばかりが集まっているもんな。面白い部活になりそうだな!」
茄奈はヘヘっと含み笑いをする。みんなで騒ぐの好きだったもんな。
心強い新たな部員を迎えた俺達は部室でのんびりと過ごすのであった。
が、その時!
再び部室のドアが豪快に開けられる。今日は来客が多い日だな。
部室へ入ってきたのは先日ややこしい騒動を起こした一之葉兄弟の弟このた。その後ろに兄ななた。
「陽向姉ちゃん、お菓子食いに来たぞ!」
「このたぁ、違うでしょ」
相変わらず元気いっぱいのこのた。そしてここへやってきた目的が包み隠さず知れ渡る。
だが安心しろ。陽向は欠席だ。
「お兄ちゃん、あのね。僕達2人もひまつ部に入れてほしいなと思って来たの。…ダメかな?」
ななたの独特なおっとりとした語り口調と少し潤んだ瞳を上目使いにお兄ちゃんと呼ぶその姿。
俺はこんな可愛い弟が欲しかった、と錯覚してしまうほどの存在だった。弟もいいよな。
「俺、この間もらったお菓子が忘れられなくて!」
「このたぁ」
「あ、そうじゃなくて! 俺も皆と一緒に部活やりてぇな、と思って! でもサッカー部だから時々しか来れないけどさ、ななたもやりたいっていってるしさ!」
あぁ、語尾に!マーク付いてるのが気になるな。非常に元気が良いのはいいことだが。
「僕もお兄ちゃんみたいに頼られるカッコイイ男になりたくて! お兄ちゃんお願い」
必至に俺に入部をお願いするななた。その健気な姿を見て誰が断れようものか。
だが勘違いしないでほしい。決して俺がカッコイイ男と呼ばれて喜んでいるわけではないことを。そこは断固主張するぞ。
「あっはっは、蒼空が頼れるお兄さん! まぁ、確かにお願いなんかはしやすいけどなぁ〜」
「蒼空が頼れるカッコイイ… ふふっ」
大笑いする茄奈とさり気なく失笑する春樹。本で隠しててもバレバレだっつーの!
「あぁ、みんなで部活を盛り上げようぜ。メンバーがある程度増えたし、やっぱ方針もしっかり決めないとな」
「確かに部活動の方針は決めておかないと、終始ダラダラになってしまうかもしれないな。私は蒼空の意見に賛成だ」
「はるも異議なしです。むしろ今日のうちにある程度決めておいた方がスムーズかもしれないね」
茄奈の賛同を得て心強く、そして春樹の意味あり気なセリフは早く決めた方がいい、という単純な理由だと解釈したい。
そうだよな春樹。ややこしいのがいないうちにとか思っていないよな。
「おぉ! 今後の部活を考える作戦会議だな! 俺もいっぱい案出すぜ!」
「このた、サッカー部の練習始まっちゃうよ」
瞳を輝かせ大テーブルに乗りかかるこのたを横目にななたはこのたのタイムリミットを告げる。
サッカー部なんて基本毎日練習してるだろ。このた、なかなかこっちには来れそうにないのでは、と少し不憫に思う俺。
「ななたぁ! 俺、作戦会議してぇよ!」
「だめだよ、サッカー部のみんな待ってるから行かないと。早くいかないと顧問の先生がまた怒るよ〜」
顧問と聞いた瞬間、このたはサッカー部のみんなが待っている! と叫び出し部室を出て行く。
そんなに顧問は恐いのだろうか。
「じゃぁ、俺達だけである程度部活の方針を考えるか。たぶんティアは何も考えてないと思うからな」
「「確かに」」
俺達3人の意見は満場一致という形で会議は始まった。
ななたは本当にいいのかなぁ、と少し不安な表情をしていた。