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ツイン

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 とにかく、不得意分野であり、私立文系の入試では修悟にとってボトルネックたりえる世界史のちょっとした質問を、それを得意とする悠輔に気軽に投げられるのがありがたく、高校の教室でも、放課後こういった方法で勉強したことがある。反対に、修悟は、自らの得意な英語の質問に答えることも出来る。まさにギブアンドテイクの理想的な関係である――というのは、確かにそのとおりであり、重要な理由なのであるが、表向きなこの理由の裏側にはもう一つの理由があった。
 <FROM : 瀧本悠輔
  SUB : RE: Re: 自習室
  おー!ありがとう!
  お互いがんばろうー!>
 いつも悠輔はこの、飾らないけどどことなく柔らかい、思わず和んでしまうような雰囲気のメールを返信してくる。修悟はそれを見て訳もなく安心しつつ、どんな気持ちでこのメールを打っているのだろう、と考える。表向きでない理由はこのあたりに潜んでいるのだろうが、未だ直視する勇気はなかった。
 また何かに急かされるように、修悟は携帯電話の電源ボタンを素早く二回押し、ベッドの上に放り投げた。もしかすると、明日入試のある大学の志望理由は、いくらか不純なものではないだろうかなどと考え始める前に、修悟の視線は冬期講習の世界史のテキストの文字の間に逃げ込んでいった。
 
 当初は部屋の照明も必要ないほど明るかった部屋だったが、いつしか机の上では借りてきた電気スタンドが稼動をはじめていた。
 ベッドの方から、布にぶつかって角の取れた着信音が聞こえてきた。
 <FROM : 瀧本悠輔
  SUB : メシ
  今二階のレストラン見た
  けど混んでたよ。待つかも
  しれないし外で買ってきて
  部屋で食べようか?>
 正直なところ、折角の機会なのでレストランで食事をしようと思っていたのだが、混んでいるとなると、席に着くのも、料理が出てくるのもいつになるかわからない。部屋でゆっくり食べるのも、安く済み、合理的に思えた。早速コートを羽織り、無造作にマフラーを巻き、財布とカードキーを手に部屋を出て、エレベータホールへ向かった。
 <TO : 瀧本悠輔
  SUB : Re: メシ
  おう、そうしようか。
  じゃあ俺ロビーまで行くから
  ちょっと待ってて>

「で、どうだった?自習室」
 修悟は、コンビニで買ってきたスパゲティを頬張りつつ、悠輔に訊いた。
「結構良かったよ、俺お茶好きだからずっと飲んでたよ。七時まであいてるんだけど、最後までそんなに混まなかったなぁ」
 二人はテーブルと椅子をどけて部屋の床に胡坐をかいていた。食べているものは普段の学校での昼食と変わりないが、小洒落た部屋と滲む夜景にはミスマッチで、滑稽だった。
「悠輔は、明日のは志望高いの?」
 うーん、と唸った後、悠輔は真面目な顔になった。
「正直、結構本命かも」
 他愛のない会話でも、いつもちゃんと反応する悠輔なので、この修悟の質問には、より真剣に答えようとしているようだった。
「受かる受かる、悠輔は平気だって」
 それは修悟の本心だった。志望の高さも訊いてはみたが、いつも見ていた悠輔の普段の直向さから、理解していたつもりだった。
「最初はそうでもなかったんだけど、先輩の話聞いてたら楽しそうだしさ。好きな分野の勉強も出来そうだし。でも、英語がさぁ……ほんっと長いんだよね。あれこそ長文。修悟に代わってほしい」
 悠輔は冗談交じりに、しかし瞳には揺ぎ無い志を宿したまま、苦笑した。
「でも修悟も結構本命でしょ?」
「うん……偏差値足りてないけど」
 それは間違いなかった。いい大学だと思っていたし、今の修悟自身の実力と比べるとややハードルが高い。万が一合格できたら、確実に嬉しいだろう。それを思い浮かべると、多少なりともやる気は出たものだった。それだけでなく、一緒に挑戦できる大切な友達がいたことも、モチベーションを高めていた。
「大丈夫だよ、英語のウェイト高いと思うよ?落ち着いてやれば平気だよ、きっと」
 こうして二人で進路についてまともに話し合う機会は、意外にも今までそれ程なかった。学校では仲が良かったが、互いの家に泊まりに行くような機会はなく、夕食の時間まで一緒にいたことさえ少なかった。修悟にはいつしか、こういった時間も、受験においては貴重なものなのではないかと感じられていた。
「やっぱり、一緒に受かりたいな」
 悠輔が発した言葉は修悟の心を射抜いた。修悟は、悠輔と一緒にいた今までの時間の中で、彼の言葉は時折あまりにも素直に自分にぶつかってくることがあると感じていた。それほど頻繁に起こることではなかったが、修悟はその度に悠輔に惹かれていった。一方で、そんな悠輔に対して、自分もこうなりたいという羨望も同時に抱いていた。
「俺も、悠輔と同じ学校に受かったら、絶対嬉しい」
 修悟はどうしても、悠輔に素直な気持ちを伝えたくなった。驚きと喜びがせめぎ合い、匙加減もうまくできないまま返した言葉に、言い過ぎではなかったろうかと修悟は内心焦った。
 悠輔はその言葉に静かに頷いた。

 二人はその後、また少しだけ勉強し、順次シャワーを浴びた。修悟がシャワーから出ると、もう悠輔は布団を深く被り寝ていた。修悟は次々と照明を落としていった。普段、真っ暗にして寝ているが、悠輔はどうだかわからなかったので、枕もとのランプの光だけ少し残して、布団に入った。
 修悟が何気なく寝返りを打つと、体が悠輔のほうに向いた。すると、仄かな灯りの下に悠輔の寝顔を見つけた。見つめ合っているようで、気恥ずかしくなった。穏やかだが、いつもしっかりした悠輔が今はずっと無防備で、どこか可愛く思えた。同じ部屋でこうして過ごしているという事実も、二人の距離が縮まった様な気がして、友達同士ならごく当然のことなのかもしれないが、今の修悟にとっては、限りなく有意義なことだった。
 明日の試験に備えて早く寝なければいけないが、どうも眠気を感じない。そういえば昔、眠らなくても目を瞑っているだけでも体は休まるものだと母親から聞いたことがある。さすがに、受験に向けてきちんと体力を残しておきたいと思った修悟は、瞼を閉じた。しかし、何か足りないものを感じて、すぐに目を開けた。
 ――なんで先に寝ちゃったかな
 次、こんな機会がいつあるというのだろう。受験中の身にあって、進路も不安定な時期である。二人とも近くに住んで、すぐに会いに行ける距離に住むことになるとは限らない。その想いが、ますます修悟を刺激していた。
「……おやすみ」
 口が微かに動くか動かないか、それ程に静かに修悟は呟いて、再び目を閉じ、呼吸を整えた。まだ名残惜しかったが、さすがにこれ以上無意味に起きているわけにもいかないと思い、布団を深く被った。

 翌朝、二人は一緒に大学まで赴き、会場となる棟を案内する掲示板の前で、言葉少なに別れた。
「がんばろ」
「ああ」
 修悟が着いた席は、広く、古めかしい扇形の階段教室の後ろのほうだった。大学というものがどういうものかはあまり知らなかったが、今まで受験した大学にはこういったものはなかったし、こんな形の教室がまだ残っているとは想像していなかったので、むしろ新鮮に感じた。
作品名:ツイン 作家名:La:ja