ニードミーのルール(仮)
2
窓の外を忙しくツバメが飛んで行って、その紺色を影をぼんやり眺めているうちに教師が締め括りの声を上げた。
「それでは、これで本日のホームルームを終わります」
それを聞いてか聞かずか、立ち上がる椅子の音に男子生徒の欠伸の声。担任教師は慣れたもので、言葉尻で更に声を張り上げながら最後通牒を突き付けていた。
莉子はその、少しざらざらしたコピー紙の表面を撫でた。自分には無用なものだ。何せ入学して一週間で直接部室に申込みに行ってしまったし、今更入部促進案内なんて、気後れはするものの心躍るものでもない。
部活案内の一覧の中に、『写真部』の文字を見つける。それからまた数段下には先日の『部活部』もしっかり羅列されている。
「松永さんはもう部活の入部届け出したんだっけ? あたしも何か部活入ろうかなぁ」
前の席に座っていた友人が、ぼんやりと髪を眺める横顔に声をかけてくる。それから、同様に4月に仲良くなったクラスメイト達も吸い寄せられるように集まってくる。
「ここって結構色々な部活あるよね。びっくりしちゃった」
そうそう、と身を乗り出す友人の言葉に、どきりとしながら耳を傾ける。
「なんだっけ、あの、上から読んでも下から読んでも同じみたいな部活。ええと――」
「部活部でしょ。知ってる。でもあの部って名前だけじゃなく活動も特殊で、おまけに新入生も募集はしてないんでしょ?」
「そうなの?」
「私は普通に募集してたって聞いたけど。でも、活動が結構スキル要求されるらしくて、入部するのに結構苦労するらしいよ」
「えー? あたしが聞いたのは……」
武勇伝、若しくは噂話の出てくること。中には莉子が初めて聞くものも多く、もしかしたら幾つかはただの『噂』なのかもしれないけれど、それでもきゃあきゃあと盛り上がれるくらいには話のタネに事欠かない、そんな印象を受ける。
「でもさぁ。あの部活って結構格好良い人多いよね。なんだっけ、遠堂先輩?」
「あたしは沙倉先輩が好き。雰囲気落ち着いてて」
「それに何より、部長の真都原先輩が格好良いよね」
「文武両道、才色兼備。お兄さんは生徒会長だったらしいし、博識一家なのかー」
やはり名実ともに特殊な部活らしい。目を引く名前だけでなく、そこに名前を連ねる部員まで、莉子自身はまだ面識があるのは二人だけだけれど、どうやら名前を聞いただけで有名な話の一つや二つ出てくるくらいの、煌びやかな面々。
それにしても予想以上にしっかりした部活だった。部活部。名前からしてどんな適当な部活かと思っていたのに。
実力と成果に裏打ちされた、信頼に足る部活。だから私の『決心』でさえも、彼らなら手助けしてくれるかもしれない。
この高校は部活動が必須ではない。入りたい部活がなければ帰宅部で構わないし、反対に、負担にならない程度の掛け持ちも許可されている。そのせいか、部活の種類の幅も広い。
とは言え、これでも少し前まではオーソドックスな部活しか存在しなかった。門戸が解放されたのがここ数年、そして妙な部活の数が劇的に増えたのが去年。つまり、真都原アキが『部活部』を創設してからだ。
新部創設の条件。
創設メンバーは最低4人とし、約一年間はこれを保持しなければならない。
創設するにあたって、顧問を一人設置しなければならない。
今後の活動方針、活動目的をまとめ執行部に提出しなければならない。
また、創設後方針通りの活動をしていないと見なされる場合は警告を受ける。
それでも尚、活動の改善及び改善の努力が見られない場合は詮議の結果解散しなければならない。その折、部員の拒否権は認められない。
特に第三項目が厄介で、執行部を頷かせられるような活動方針を纏められるケースが中々見当たらない。大体の場合、その過程を踏んでいる内に諦めてしまう場合も多い。
そして、その諸々の不安因子を解消する手助けをするのが部活部という話だ。
今後の打ち合わせのために呼ばれた約束は今日の放課後。
部室棟へ向かう道すがら、丸めた模造紙や大巻きのコードのようなものを抱えた人影が渡り廊下を行く姿を見た。
「あれって……志暮谷さん?」
あの子って、確か隣のクラスだったと思うけど。体育一緒だったし。
私より10センチは背が高く、スタイルの良い子。今は眼鏡をかけていた。視力が悪いようには見えなかったけれど。
今から部活かな。そういえば、志暮谷さんは何部なんだろう。
***筆者注:ここから特に台詞が多くなります。普段は台詞から流れを決めていき、そこに地の文を肉付けしていきます。***
「タカ、どう?」
「うーん、どうしよっかな」
「無理はしなくていいよ」
「まぁ部長の頼みだし。頑張ってみるよ」
どうやら打ち合わせ中らしい部室の様子に少し躊躇いながらドアを押し開ける。
「失礼します」
すると帰ってきたのは想像より多い数の瞳で、緊張を隠しながら莉子は真都原に話しかけた。
「今日は人が多いですね」
多いといっても総勢三人、そのうちの二人は既に面識があるけれど。
「火曜と金曜は集まることになっているからね。部室自体は毎日開いているよ」
そのうちに背後で、軽快に扉が開く。
「おっじゃまっしまーす」
「お邪魔するって、お前もこの部の部員だろ、ユーイチ」
「うーんなんていうか、癖?」
きらきらした笑顔で入室してきた彼を振り向いて、どこかでみたことのある顔だと内心首を傾げる。それから名前を切れ切れに聞いて、ああそうか、彼こそが『エンドウユウイチ』なのかと納得がいった。
「今日はこれだけ? キィはともかくサヤちゃんは?」
「サヤは演劇。放送部と一緒に機材チェックに出ているよ。キィはいつも通り」
そうして部員四人、部外者の莉子を入れて総勢五人になった部活部の部室。
「じゃあとりあえず、メンバー紹介から行こうか」
「まずは自分から。とはいっても、昨日も名乗ったけれど、改めて。真都原アキ、この部活部の部長」
「そして、副部長の沙倉直雪」
「この子はタカ。高瀬千波、二年」
「で、こっちが」
「遠堂悠一。ユーイチでいいよ」
やはり、クラスの子が騒いでいた先輩だ。
「ふーん、君が噂の部活解体希望の子かぁ。なんだ、ちゃんとかわいいじゃん」
もっとこうさ、性格捩れた子なのかと思ってた。
「本当はあと二人いるんだけど、今日は来てないから省略。後で改めてね」
「で、早速この前話の続きだけど」
「そろそろ、キミがどうして人探しをしているのか聞いてもいいかな。いや、違うね」
「キミがどうやって部活を潰したいのか、教えてもらってもいい?」
「どうして、それを」
「当たり前じゃないか」
「ここがどんな場所か忘れた?部活発足を『手伝う』部活だよ。基本は補助。より踏み入った件であればあるほど、我ら部活部が出来ることは少ない」
「さ、詐欺っ」
「自主性を重んじていると言ってくれないかな」
「私、やっぱりいいです!」
「他人に頼ろうとしたのが間違いだったんです。だいいち部活を潰すなんて、善人な集まりのひとたちになんて頼めるはずないし」
「失礼しました」
「それにしても、善人、ねぇ。ぞっとしないね」
なんかいつの間にか、雑用係になってない?
作品名:ニードミーのルール(仮) 作家名:篠宮あさと